第93話 闘争本能

流石に空腹だったので、昼食をとった後、ドゥーラの案内で竜人たちの居住区を訪れた。

竜人たちは、木の根元に穴を掘って暮らしていたオークたちと異なり、森を切り拓き石造りの建造物で軒を連ね、ちょっとした市街地のような区画を形成し居住していた。人族よりも背丈があるので、平家とはいえ、建物は大きく、頑丈そうだ。


ドゥーラの説明によると人口は三百人ほどで、森の野生動物の狩猟と採集によって生計をたてているとのことだった。

産業と呼べるものはなく、城の周囲に住んでいる他種族との物々交換程度の経済活動しか無い。言葉は悪いかもしれないが、≪魔境の森≫の向こうにある人族の世界と比べることもできないくらい未発達な文明レベルだった。


視察には人型になった紅炎竜レーウィスもなぜかついて来ており、人々の暮らしや生活様式などについてドゥーラを質問攻めにしていた。


「ふむふむ、興味深いな。薄まったとはいえ我らの血を受け継ぐものたちが、このように慎ましく質素に暮らしておるとはな。竜族の誇りと闘争本能はどこに消えてしまったのか 」


「竜人族は緩やかに滅びの道を歩んでいるのです。三百年前の大戦で、創造神ルオネラの側に付き従い、一族のほとんどが死に絶えました。その後、ザームエルの支配下に入り、言いなりとなった我らからは、竜人族の誇りも文化も失われていきました。竜人族は寿命も長い分、子孫を増やそうという考えが多種族よりも薄い。ザームエルの命ずるまま悪行に加担し、戦で命を落とす者も数多くいたため、人口は減少の一途をたどっておりました。私は竜人族を束ねる立場ながら、どうすることもできず虚しき日々を送っていたところに、我らを導く「王」が現れたのです。暗雲に光明が差す思いでした」


ドゥーラは天を仰ぎ、陶酔しきった様子で語った。


ドゥーラの話を聞いていると胃が少しキリキリする。

彼らの目にはどのように映っているのかわからないが、元の世界で俺はどこにでもいる平凡な大学生だったのである。

現状を把握するにつれて、根拠のない自信はどこかになりを潜め、取り返しのつかないことを始めてしまったことへの後悔と不安が生じ始めていた。


クロードは、油断すると膨れ上がりそうな弱気をいったん押し込め、視察本来の目的を果たすように気持ちを切り替えた。


「ドゥーラは竜人族を今後どうしたい? ザームエルの支配から解き放たれて、自由になった今、何を望んでいるのか教えて欲しい」


「そうですね。強いて言えば、竜人族の誇りを取り戻したい。穏やかな日々は尊いものですが、我らは武への探求によってのみ、自らの存在意義を証明できる。しかし、大義無き虐殺や略奪の手駒として使われ、同胞を失うのはもう嫌なのです。矛盾しているようですが、戦うべき相手は自分たちで選びたい。守るべきもののために祖先より受け継ぎし、我らの武技を振るいたいのです」


「では、戦がない平和な世の中が来たら、竜人族はどうする? 」


「そのような世の中など本当に来るのでしょうか。竜人族は老若男女問わず、全員が戦士。私たちのように戦いのことしか頭にない者には想像もつきません」


なるほど、種族の特性としては、戦闘に特化した価値観を持っているのか。おそらく武官以外は務まらないし、やりたくもないのだろう。

他の種族たちも、人族の常識で推し量ると大きな過ちになるのかもしれない。

それぞれの種族の価値観や文化を尊重しながら、一つの「国という器」に納めるのは至難を極めそうだ。


「ありがとう。参考になったよ」


クロードは、ドゥーラとレーウィスのやり取りを聞きながら、竜人族の街並みを眺めた。二人は竜人族はどんなものを食べているのかとか、身に付けている民族衣装などについて話をしている。


レーウィスの質問の内容は、衣食住の話題が中心で、ひょっとしたら居住先の物色をしているのではないのだろうか。


通りでは、竜人族の若者たちが木製の武器を手に、武技の稽古に励んでいて、それを子供たちが興味深げに見学したり、真似してチャンバラを始めたりする。


オークの集落と比べると店のようなものもなく商売をするという発想も無いのかもしれない。


すれ違う竜人族たちはドゥーラを見ると声をかけてくるが、その様子を見ると彼の人望は厚く竜人族をよく束ねていることが伺える。

彼らにとって、クロードとレーウィスは族長が引き連れている異種族の客であり、好奇心の対象とはなっても、よもや自分たちの上に立つ者だとは微塵も思っていないようだった。


無理もない。国を作るとは言っても、まだ数日しかたっておらず、彼らにはまだ周知されていないのだろう。ドゥーラの口から仮に聞かされていたとしても、全ての竜人族が同意しているとは限らないのだ。


クロードを王と認めているのは、あの城にいた各種族の実力者たちだけなのだ。



しばらく通りを歩くと、ドゥーラが声をかけてきた。


「クロード王、家畜人間たちの『牧場』は、この先です」


クロード王か。

何だかだんだん茶番のように聞こえてきた。


国の名前も方向性も、まだ何も決まっていないのに、王などと呼ばれる資格が俺にはあるのだろうか。


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