第92話 原因不明
特に何かが悲しかったわけでもない、原因不明の涙だった。
前に泣いたのはいつだったか思い出せないが、こんなに泣いたことはなかったように思う。
ひとしきり泣いたせいか、気分がすっきりとしたが、リタの前で醜態をさらしてしまった。
クロードは涙を服の袖で拭うと、リタに自分の身に起きた出来事を順を追って説明した。
リタは質問を挟まず、一通り話を聞くと大きく息を吐いた。
「なるほどね。やっぱり他の誰とも違う。おかしなこともたくさんあるし、少し頭を整理したいわ。続きは夜にまた話しましょ。王様は忙しいんでしょ」
リタは立上り、何もない壁のほうに歩いていく。
「じゃあ、また後でね。王様」
振り返り、笑顔で手を振ると跡形もなく消えてしまった。
彼女の持つスキルのようだが、こうも簡単に出入りされるとプライベートもへったくれもない。
「クロード様、オイゲン様がおいでになりました。お通ししてもよろしいですか」
リタが帰ったすぐ後に、扉の向こうから声がした。
リタはオイゲンの来訪を察知していたのであろうか。
偶然にしてはタイミングが良すぎる。
扉の向こうから聞こえた声は、ハールーンという兵士の声ではなかったので、おそらく何人かが交代で警護の任についてくれているのだろう。
さすがに涙の後を見られるのは恥ずかしかったので、顔を洗い、身支度を整え直してから、オイゲン老を迎え入れた。
「昨夜のマヌードの件もあり、お疲れかと思いましたが今後の予定をお聞きしたく、参上いたしました。それと昼食の用意ができておりますので、扉の外の者に言えば、いつでもお持ちいたします。」
オイゲン老はいつもと変わらぬ様子で、疲れなどは感じさせなかった。
むしろ目には気力が満ちており、声には活力があった。
「今日は予定通り城外を見て回りたいんだが、誰か案内をつけてもらえるか。例の家畜人間たちがいるという『ザームエルの牧場』に行ってみたい。保護が必要であれば手を打ちたいんだ」
良くも悪くもザームエルの保護下で生きていたということなので、放置するのは何か思いがけない悲惨的な結果を生みそうであるし、可能であれば王都まで送ってやるなどの解決策を考えなければならない。
「なるほど、そういうことであれば護衛もかねてドゥーラ辺りが適任でしょう。『人間牧場』は、城の北側にある竜人族の居住区を抜けた先にあります。あとは、ヅォンガあたりも手をあげそうですが、いかがしましょうか」
「いや、ドゥーラに頼もう。お願いしておいてくれ」
ヅォンガの案内だと余計な情報や虚飾が入り混じるような気がする。
やはり自分の目で先入観を持たずに確認したい。
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
オイゲン老は恭しく礼をすると部屋から出て行った。
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