第91話 泣下如雨

もう一人の魔将の種族は、魔蛇。

他の二人も魔人ではないようだし、人間だけが≪異界渡り≫になるわけではないのか。


「そのもう一人の魔将はどんな奴なんだ」


「人の言葉を話す巨大な蛇よ。名前はザンドーラ。食欲旺盛で、狂暴。戦闘狂でかなり危ない奴よ。ザームエルと同じで供物の提供と引き換えに人型を保つための神器をルオネラから与えられている」


神器というのはあの蛇のような形の剣か。

思い当たるのはあれしかない。

巨大なカエル人間の姿になった時、あの剣が蛇のように蠢き、ザームエルと一つになった。

変身したと思っていたが、元の姿に戻っただけだったのか。


「でも、クロード。あなた運がいいわ。もうすぐ冬が来るし、そうなればこの辺りは雪に閉ざされて戦どころでは無くなる。ザンドーラは寒さが苦手で、恐らく春になるまで動こうとしないから、レベルアップの時間がたくさんあるわ。恩寵十回にしては異常な能力値だけど、万全を期すならもっと上げておかないとね。私も魔物を生み出したり、操ったりするスキル持ちだから協力するよ」


リタによれば、ゴブリンなどの魔物は魔核と呼ばれる魔力を物質化したものから生成可能なのだそうだ。魔物は生物的な挙動と本能を有するものの、厳密な意味での生物ではなく、誰かが生成した魔物に別の命令を上書きすることも可能なのだという。

こうした魔物は、世界中を跋扈しているがそれはルオネラやそれに類する何者かが、過去に生み出したものらしい。


岩山の村に向かう途中だったヅォンガが引き連れていたゴブリンたちは、リタに「ヅォンガに従え」と命令を書き加えられていたのだそうだ。彼女のスキルでは魔物自体の生存本能を抑え込むほどの強い命令を与えることは出来ないので、形勢不利になり、命の危険を感じると命令を無視し、逃走してしまうのだという。


魔物と「一緒にしないでください」とヅォンガが憤っていた意味が今ようやく分かった。


レベルアップについては、何と答えたらいいか。

記憶を失うのが嫌だからと断ったらどんな反応をするだろうか。


「あれ? 乗り気じゃないの? だって恩寵十回って異常に低いのよ。私なんて百二十以上。クロードより能力値低いんだけどね」


百二十回以上もの恩寵。それでは元の世界の記憶など残っていないのではないか。


「リタは前の世界の記憶を覚えているのか? 家族とか故郷とか」


「覚えてるわよ。忘れたいけどね」


リタは恩寵の際に、記憶の消失を伴わないようだ。

他の≪異界渡り≫についても、そのような話を聞いたことはないという。


なぜ、俺だけが違うのか。


「なぜだかわからないが、俺は恩寵のたびに前の世界の記憶を奪われるんだ。だから、無駄な恩寵は避けたい」


信じてもらえるかわからないが、思い切って本当のことを話すことにした。

オルフィリアにさえ話せなかった秘密だが同じ≪異界渡り≫のリタなら、何か解決策を思いついてくれるかもしれない。


本当はオルフィリアにも全部打ち明けたかった。

何度もすべてを話してしまおうという気持ちにかられたが、あと一歩踏ん切りがつかなかった。

拒絶されるのが怖かった。

この世界の住人と自分はあまりにも違い過ぎる。


リタは何か考え込んでいるような仕草で、黙り込んでしまった。


やはり、打ち明けるべきではなかったか。

この世界の誰とも共通点を持つことができなかった自分がはじめて≪異界渡り≫という一点で境遇が重なる相手と出会って、どこか浮かれてしまっていたのかもしれない。

引き締めていた自分の心がどこか綻んでしまった気がした。

次に彼女が発する言葉を聞くのが怖い。



「嘘ついてる顔じゃないもんね。本当に何から何まで他の人と違う感じ。教えて、この世界に初めて来た日から今日までのこと」


何だろう。突然視界が滲んで前が見えにくくなった。

目から熱いものが溢れて止まらない。


本当に俺はどうしてしまったんだろう。


情けない。


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