第89話 威風凛々
「クロード様、少しよろしいですか」
竜人族のドゥーラが声をかけてきた。
逞しい角とに人間に近い精悍な顔立ちで、身長もクロードより頭一つ高い。
「実は紅炎竜レーウィス殿が、クロード様にお願いがあるということなのですが、話を聞いてはもらえないでしょうか」
紅炎竜のお願いとはなんだろう。
クロードはドゥーラを伴い、再び赤い竜の前に来た。
『ドゥーラ殿から聞いたのだが、まさか、この城の主にして、魔境の森を統べるお方だとは知らず、先ほどは失礼した。クロード王、恥を忍んで頼む。しばらく、この城に置いてはもらえないだろうか。我が住処はマヌードたちの根城にされて久しく、行き場がないのだ』
一瞬、耳を疑った。
この体格で城にとどまるというのは、どう考えても無理だ。常に屋上にいるといっても、この重量ではいつ床が抜けてもおかしくない。正直、今すぐにでもどいてもらいたいのが本音だ。
それにこの体の大きさでは、食料がどれだけ必要かわからない。この一帯の生物を狩りつくされてしまうなどということにはならないだろうか。
『その巨体で城にとどまるというのは無理なのでは』
『心配はいらぬ。まあ、見ていてくれ』
紅炎竜レーウィスの全身が淡い薄紅色の光に包まれたかと思うと、その体はみるみると縮んでいき、あっという間に裸の女性の姿になった。
背が高く、筋肉質だが、出るところは出ていて、まるで彫像のような気高い美しさがある裸身だった。鱗などはなく、ほんのり薄紅色の血色が良い肌色だった。
髪は赤く、その顔立ちは整っていて、凛々しく美しい。
人間の見た目で言えば、二十代半ばほどだろうか。
『どうだ。我ら竜族は、ルオネラから≪人化の法≫を与えられているので、人の姿になることができる。人と交わらせ、進化を促すためにそうしたらしいのだが、我らの祖先がそうして人と交わり、世代を超え血が薄まったのがドゥーラ殿たち竜人族なのだと母から聞いている。どうだ、これで問題なかろう?』
あまりに堂々としていて、少しも体を隠そうとしないので、目のやり場に困る。
クロードは、オイゲン老に何か着るものを用意できないか頼んだ。
『その大きさであれば、城に留まっていただいても問題ありませんが、なにぶん国として動き出したばかりの上に、魔将との抗争など、たくさんの問題を抱えており、巻き込まれる可能性もありますよ』
『魔将は共通の敵。我が受けた屈辱、晴らさずにおくべきか。そうだ、クロード王、我と盟約を結ばぬか。誇り高き竜族が人に臣従することは叶わぬが盟約であれば結んでやっても良いぞ。古来より人族の英雄と竜族は対等の盟約を結び、協力関係にあった。マヌードに魔力や諸々を消耗させられ、回復まで時間がかかるが、万全の状態なら戦力になるぞ』
『ドゥーラとは話ができるようですが、他の者との言語の壁もあるし、居心地が良くないのでは』
「それも問題ない。この通り、森の民の言語も人族の言葉も習得済みじゃ。これなら問題なかろう? 」
確かに流暢な森の民の言語だった。
レーウィスはなんとしてもこの城に留まりたいようだ。
難色を示しても、食い下がってくる。
「よし、これで我とクロード王との盟約は為された。しばらく世話になるぞ」
レーウィスは満足げな様子で、ふんぞり返ると大きくうなずいた。
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