第88話 老當益壮
「クロード様、大丈夫ですか」
気が付くとオイゲン老たちが心配そうに周囲に集まってきていた。
「ああ、大丈夫だ」
クロードは立ち上がると右手の掌を広げてみた。
青いムカデのような胴体はその大部分が潰れて、夢に見そうなグロテスクさだったが、頭部が付いた部分と鋏が付いた尾の部分はまだ微かに動いている。
こんな状態でも生きているとは恐るべき生命力だ。
クロードは屋上の床にマヌードの体の残骸を手を振るって落とすと、ヅォンガが素早く差し出してくれた布で手を拭った。
こういう部分は本当に如才がない。
そうだ。そういえば警戒を呼び掛けてくれた赤竜はどうなったのか。
視線を向けると赤竜は獣とは違う知性を湛えた眼差しでクロードを見ていた。
リタは、赤竜の傍らに立っていたが、小走りにクロードの方に駆け寄ってきた。
「クロード、この竜は敵じゃないわ。操られていただけ、私が解呪したから、もう危険はないわよ」
なるほど、リタが竜の額の上で何をやっていたのかわからなかったが、そういうことだったのか。
竜と戦わなくて済んだのは本当に助かった。
城もただでは済まないだろうし、犠牲者もたくさん出ただろう。
今回の殊勲賞は、リタだといっても過言ではなかった。
『先ほどは、教えてくれてありがとう。助かりました』
クロードは、竜が警戒を発してくれた時に用いたと思われる言語で話しかけてみた。
『礼を言わねばならぬのは我の方だ。我は紅炎竜レーウィス。まことに情けない話だが、連峰の中でも最も高いヴァンデール峰を住処にしていたが、マヌードらによって住処を奪われたばかりか、体内に侵入されて、術もなく操られていたのだ。その少女は我にかけられていた呪法を解き、其方は憎きマヌードの首を断ち切ってくれた。其方たちが我を解き放ってくれたのだ。受けた恩、終生忘れぬ』
紅炎竜は体を起こし、マヌードを指さした。
見ると、頭部が付いている方の切断面から細い胴体のようなものが生えかかっている。
『見よ。このような姿になってもマヌードは生きておる。後の禍根にならぬようにとどめを刺しておくことだ』
奇襲により運よく倒すことができたが魔将マヌードの本来の力はいまだわからないし、他人に寄生して操れるのだとするとここで逃すと後々厄介なことになるのは想像がつく。
漫画や小説では、この手のキャラは仲間の誰かに寄生したりして、逆襲してくるのがお約束になっている。
紅炎竜の助言を受け、クロードが長剣に手をかけようとすると、オイゲン老が自分に任せてほしいと申し出てきた。
オイゲン老は手のひらをマヌードに向けると意識を集中させ始めた。
オイゲン老から決して少なくない魔力を感じる。
その魔力は手のひらに集まり、青白い炎となって放たれた。
蒼炎に包まれたマヌードは奇妙な叫び声をあげて、悶え蠢き、やがて完全に燃え尽きた。
「クロード様、この森では精霊魔法を使うことができませぬが、少々魔道の心得もございます。老いたとはいえ、このオイゲン。まだまだ戦でも役に立ちますぞ」
まさに老當益壮という感じでオイゲンは力強く胸を張った。
バル・タザルには遠く及ばないものの、たしかにオイゲン老からは一際大きな魔力を感じる。ここにいる者の中では、自分を除けば一番といっても良く、次にリタ、そして夜魔族のヤニーナが続くといったところか。
ただ、魔力はその大きさが全てではなく、その操作の技術も大事であることは、魔力が宝の持ち腐れになっている自分を見れば明らかだ。もし時間が空いたらオイゲン老に魔道の手ほどきを頼んでみよう。
一応、人型だった時のマヌードの死体も燃やすように指示した。
あの虫のようなものが本体だとすると、首と胴体が繋がり生き返るというようなことは考えにくいが、念には念を入れておく。
それにしても慌ただしい夜だ。
すっかり眠気が飛んでしまった。
おそらく今夜は寝付けないかもしれないが、自室に帰り、とりあえず横になろうと思い、塔屋の入り口にところで、ふと気が付いた。
紅炎竜は、まだ帰らないのか?
見ると紅炎竜はどことなく所在無げな様子で両手の指を遊ばせながら、もじもじしていた。
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