第86話 電光石火

「お、お待ちくだされ。わかりました。供物千人どうぞお連れ下さい」


オイゲンの言葉を聞き、マヌードは猿魔たちに制止をかける。


「わかっていただけましたか。私は他の魔将と異なり、荒っぽいことは好みません。話し合いによる相互理解こそ、最も」


マヌードが勝ち誇った笑みを浮かべ、話している途中だった。


クロードは≪魔鉄鋼の長剣≫を抜き、全力で駆けた。

その場にいた誰もクロードの動きに反応していなかった。


今出せる最高の速度で走り、跳躍し、マヌードの首を刎ねた。


「好ましい」


マヌードの首は、身体から切り離されたことも気付かずに言った。


クロードは着地と同時に、体勢を整え、マヌードの背後にいた猿魔ウードゥーを二匹を切り伏せた。猿魔ウードゥーたちは何が起こったのか把握できていないようだったが、仲間二匹が屠られたことでさすがに戦闘態勢を取った。


武人にあるまじき卑怯な奇襲だったが、俺は武人じゃないし、正直言って正面からやり合って勝てる保証もない。ザームエルのように変身されても厄介だし、あの赤い竜をけしかけられたら、ますます勝算が薄くなる。


次の猿魔ウードゥーに向かおうとしたが、狼頭族のオロフと竜人族のドゥーラがすでに動き出していた。

クロードが起こした行動からの状況の理解が早い。

手合わせした時も思ったが、赤子のように生まれたばかりのこの国において、どちらも欠かすことのできない優秀な人材になりそうだ。


「オイゲン、あなたの代わりはいない。もっと下がっていてくれ。ハールーン、オイゲンを安全なところへ」


オイゲンと猿魔ウードゥーたちの間に立ち、塔屋の方にいる闇エルフ族の兵士に指示を出す。


オロフの格闘術とドゥーラの剣技のコンビネーションに猿魔ウードゥーはなす術もなく、一匹また一匹と数を減らしていく。


後れを取ったとばかりにヅォンガも加勢し、大勢は決したと言って良かった。

あとは彼らに任せても大丈夫だろう。

クロードは≪魔鉄鋼の長剣≫についた、紫色の血を振り落とし、鞘に納めた。


最後の猿魔ウードゥーにとどめを刺し、ドゥーラたちが戻ってきた。

とりあえず魔将マヌードを討ち取れたのは幸いだった。


『油断するな!まだ終わっていないぞ』


警戒を呼び掛ける声の主は、あの赤い竜だった。

≪多種族言語理解≫か、≪古代言語理解≫のいずれかによって理解できたのだろうが、これまで聞いたどの言語とも違う初めての言語だった。


気が付くと竜の額には、リタがいつの間にか乗っており、こちらを見ている。


終わってないとはどういうことだろう。

猿魔ウードゥーは六匹全部仕留めたはずだし、魔将マヌードは打ち取ったはずだ。

それなのに一番脅威だと思っていた赤竜が警告してくるとはどういうことだろう。


切断され、屋上の床に転がっているマヌードの体と頭部を見つめながら考えていると突然、≪危険察知≫が自分の左肩のあたりで最大限の危険を知らせてきた。

こんなことは今までに一度だってない。


慌てて左肩を見ると、ムカデのような青い体色の生き物が上を目指して登ってきていた。太さは小指より少し細く、体長は手のひらより少し短いぐらいだった。無数に蠢く小さな足が生えた胴体の先の方に人間の頭部のようなものが付いており、目が合った。確かにマヌードの顔だった。

マヌードはいやらしい笑みを浮かべると、クロードの左の耳穴めがけて飛び込もうとしてきた。


猫の毛が逆立つときのような戦慄が全身を走り、五感と全神経、全筋肉組織が総動員する。

マヌードの頭が耳穴に到達しそうになるその瞬間、クロードの右手が青いムカデのような姿になったマヌードを掴んだ。紙一重だった。


「ぐぇ」


強くつかみ過ぎたのか、右手は青黒い体液で濡れていた。

青いムカデの姿をしたマヌードは舌を出し、ぐったりとしていた。


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