第84話 仮初少女
「リタは元の世界に戻りたくないのか」
クロードの問いかけに、リタの表情が曇った。
「クロードは戻りたいの? 」
戻りたい。
もう名前も思い出せないが、父や母が心配してくれているはずだ。
父母だけではない。親戚や友人、それほど親しくなくても自分を知っている人たちは行方不明とわかれば気にはかけてくれていると思う。
これだけ長期間行方不明なら、捜索願だって出ているであろうし、テレビのニュースにもなっていることだって考えられる
この世界と元の世界の時間の経過が同じである保証もないが、平和で当たり前の日常が戻って来るなら、何としても戻りたい。
「戻れないよ」
リタはクロードの視線を逸らすことなく真顔で断言した。
「異世界間のトレードは神様同士の取り決めだから、帰りたいって思ってもどうしようもないよ。他の≪異界渡り≫の人も元の世界に戻ったなんて聞いたことない。それともルオネラにダメもとで直談判でもしてみる?」
そうか、この世界に俺を連れてきた当人なら、もとの世界に帰る方法だって知っているかもしれない。
「ルオネラに直談判か。名案かもしれない。直に会って頼んでみるか」
リタは俯き、ため息をついたまま黙ってしまった。
「どうした? 俺、何か気に障ること言っちゃったかな」
「ごめんなさい。冗談で言ったの。ルオネラはどこにいるかわからないし、わかっても一応神様だし、会って話してくれたりはしないと思う」
それはそうだろう。
元の世界でも神様にあったことなんかないし、誰でも会いに行ける庶民派の神様なんて聞いたこともない。会えたとしても、話なんか聞いてくれない可能性は高いし、怒りをかって罰を受けるなんてことも考えられる。
だが、それが唯一の方法であるならば、それに縋るしかない。
「そんなことより、この服見て。いい感じでしょ」
彼女の華奢な白い肢体が目の前にある。
本来隠さなければならないところがほとんど隠れていない。
どこに視線を置けばいいのかわからず戸惑ってしまう。
リタはクロードの両肩に手を乗せると寝台に押し倒してきた。
「この世界もそんなに悪くないよ。難しいことは明日に置いといて、今を楽しみましょう。帰りたくなくなるかもよ」
リタの唇から目が離せなかった。
やばい。
雰囲気に流されそうになっている。
リタがクロードの上に覆いかぶさり、唇を重ねようとした瞬間、大きな轟音とともに、城が一度大きく揺れた。
「きゃっ」
クロードはリタをやさしく傍らにどけると寝台から降り、≪魔鉄鋼の長剣≫を手元に引き寄せる。
何が起きたのだろうか。
危険察知には何も反応がなかったところを見ると自分に対する攻撃ではなかったようではあるし、地震とも違う揺れ方だった。五感の感じ方だと衝撃は上の方からだった。
扉を開け、廊下に出ると闇エルフ族の兵士が、自分と同じように何があったのかわからないという様に辺りを警戒していた。彼はオイゲン老がつけてくれた護衛か何かだろうか。
「この城の屋上に出る方法はあるか」
闇エルフ族の兵士に聞くと、案内してくれるという。
城に来た時の外観の記憶を思い出すと、この部屋は四階だったと思うので、屋上にでれば、オイゲン老やドゥーラたちが住んでいる居館や塔があり、全体を見渡すこともできるはずだった。
闇エルフ族の兵士の後に続き、屋上へと続く塔屋への階段を登る。
その途中で、兵士はハールーンという名前とオイゲン老から警護を命じられたことを教えてくれた。
外見的にはまだ若いが、エルフ族にしては、肩幅ががっちりとしており体格が良い。
それにしても、このような夜中に安眠妨害もいいところだ。
おそらく城にいる全員が目を覚ましたことだろう。
クロード的には助かったような気もするし、ほんの少しだけではあるが残念だったような気もする複雑な気持ちだった。
クロードは首を左右に振り、雑念を払った。
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