第82話 老人長話

「テーオドーアは私の兄の息子。すなわち私にとっては甥にあたる者です。兄は≪魔境の森≫のエルフ族の若き長で、私は当時まだほんの子供でした。今から二百年近く前のことになりますが、ザームエルが大勢の魔物どもを引き連れて襲来し、我らは為す術もなく敗北を喫しました。これは、森の精霊王により城は隠され守られているという過信があったことに起因したのだと思います。原因はいまだ不明なのですが突如、森の精霊王は力を失い、城は無防備な状態で露にされたのです。森の精霊王だけではなく、この森の全ての精霊がその日を境に異常な状態になり、交信できなくなりました。精霊魔法を得意とする我らエルフ族は、手足をもがれたも同然の状態で、大した抵抗もできず撤退を余儀なくされました。最後まで戦った者もおりましたが、皆殺されました。兄を中心にうまく落ちのびた者たちは、あの岩山に里を作りましたが、私を含め城や城下にとり残された者たちはザームエルの虜囚となり今日の分断に至る、というわけです」


オイゲン老は、ようやく沸いた湯で、薬草茶を作り、クロードに手渡した。


エルフ族の寿命は人族の三倍ほどで、オイゲンは二百十九歳になるのだという。

人族で言えば七十代前半。

彼が子供の頃に襲撃をうけたのだとすると、ザームエルは当時何歳だったのであろうか。

ガルツヴァ村で襲撃を受けた時見た彼の外見は自分とさほど変わらなかったように見えた。


「ザームエルは、不老あるいは恐ろしく長命なのでしょう。私の子供時代の記憶と今の姿はほとんど変わることがなかった。この辺りはリタの方が詳しいのではないでしょうか」


リタ。俺と自らを≪異界渡り≫と呼んだ少女。

彼女とも話さなければならない。

魔将たちのことについても何か知っているようであったし、元の世界に戻るカギは彼女が握っているのかもしれないのだ。


「テーオドーアとは、今でも密かに連絡を取り合っており、この城で起きたことについても先ほど使いをやりました。数日中に里の方からも何らかの動きがあるでしょう」


さすが、仕事が早い。

クロードは渡された薬草茶をすすりながら、感心した。

薬草茶は、薄い紫色をしており、お茶として口をつけるには少し抵抗があったが、飲んでみると特に癖がなく、飲んだ後は薄荷のように少しスースーした。


岩山の里とオイゲン老たちの間に遺恨が無いのであれば、連携を取り勢力に加わってもらえれば心強い。各種族がある程度拮抗していないと、特定の勢力の発言権が強くなりすぎてしまい全体の統率がとりづらくなる。


「ザームエルは、何を財源にしてこの城を維持していたのですか」


「財源と呼べるものは何もありません。人族の国のように貨幣もなければ、産業と呼べるものもありません。それぞれの種族が自分たちの命の見返りに、物資や労役を貢物として捧げていた、ただそれだけです。我らも狩猟や採集によって生計をたてております」


なるほど、思ったより深刻だ。

命を奪われる心配がなくなった時点で、自発的な貢ぎ物は期待できない。

当面は自給自足と有志の協力でしのぐしかないが、国政を行うには財源が必要だし、軍を動かすには兵糧が必要になるだろう。


結局は武力による租税の強引な取り立てが手っ取り早いが、できればそれは避けたい。


原始的な国家の場合、やはり重要なのは武力と財源だろう。

この二つがしっかりしているれば、他は後からついてくる。

あとは、それを実現するための人事だ。


「オイゲン。あなたを宰相に任命する。国の内政をその知恵と人望で支えてほしい。王として最初の命令だが、受けてくれるか」


「我が王、謹んでお受けいたします。辛酸を舐め続けた生涯でしたが、老境にきてようやく己の生きる意味を見出しました。我が王に、この命のすべてを捧げます」


オイゲン老は、目に涙をため、震える声で快諾した。


「まず要となる軍の編成と財源の確保から手を付けたいんだが、他の種族の長と協議して、案をまとめてもらえるだろうか」


われながら時代劇みたいなしゃべり方だ。

しかし、形から入るということも必要だろう。


「心得ました。早急にまとめます」


オイゲン老の目には、活力が満ちており、まるで今日人生が始まったといっても過言ではないほどの輝きが溢れていた。

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