第72話 筆頭戦士
クロードは猪頭の騎士に馬引かれ、馬上の人となっていた。
今乗っている馬は、旧街道で出会ったクローデン王国の騎士たちが乗っていた軍馬と同じように通常の馬よりも一回り大きく、鍛え上げられた体つきをしていた。
その美しい筋肉の表面を黒いベルベットの様な体毛が覆っている。
こうして馬の動きとリズムに、身体を合わせているとノトンの町で出会い、世話になったアルバンが思い出された。
アルバンからは冒険者として生きていく上で、必要なことをたくさん教わった。
彼の不敵な笑みと頬の刀傷が懐かしい。
アルバンだけではない。
今一番会いたいオルフィリアをはじめ、様々な人々と出会い、そしてたくさんの恩を受けた。
彼らを置き去りにし、≪魔境の森≫のさらに奥地に来てしまったが、生きて彼らと再び会うことは出来るのだろうか。
「クロード様、クロード様。さっきから黙り込んでどうしたんですか。気分がすぐれないのであれば休憩になさいますか」
猪頭の騎士が振り返り、声をかけてきた。
出会った時の態度とはまるで違う。
驚くべき変貌ぶりだ。
猪頭の騎士は、オーク族の筆頭戦士で、名前をヅォンガというらしい。
彼の自慢を真に受けると、ヅォンガはオーク族の神童と呼ばれる天才で、生まれつき頭が良い上に、体つきは他のオークより大きく、力が強かったのだという。体毛は濃く、他のオークと異なり、顔面にまでびっしり毛が生えている。
普通のオークが豚に似ているのに対し、ヅォンガはどちらかと言えば猪といった印象だった。
特別な個体であることは間違いないようだ。
「いや、ヅォンガたちに休憩が必要でないなら、このまま行こう」
「わしらのような者にまで気を使ってくださるとは、ザームエルの野郎とは雲泥の差だ。クロード様に一生ついて行きますよ」
ヅォンガはその大きな体を猫背気味にかがめながら、卑屈な顔で言った。
オーク族にとっては「強い者こそが正義」であり、全ての物事はその価値基準に沿って決めるらしい。強い者に従ってついて行くことが、種を絶やさない最も合理的な方法だと信じていて、その単純な理念によって群れを形成しているのだという。
クロードに服従するのは自分たち自身のためであり、無駄な争いや殺し合いでオーク族全体を危機に陥れることになるのは「まっぴらごめんですぞ」とヅォンガは力説した。
あれだけ同胞を屠られていながら、少し前まで敵であった者に対して顔色一つ変えていないところを見るとオーク族にとっての一人一人の命の価値は、自分たち人間よりも希薄なのかもしれないが、群れ全体を存続させようとする意志は感じ取れた。
道中、ヅォンガからは有益と思われる情報をいくつも聞くことができた。
ザームエルの居城にいる兵力は千人ほどで、その半数以上がオーク族であるとのことだった。
他には岩山の里を離れ、ザームエルに臣従することを決めた闇エルフ族やその他の種族、人型の魔物であるゴブリンやトロールが軍を構成しているらしい。
ちなみにオーク族は亜人だが、ゴブリンやトロールは魔物であるので、「一緒にしないでください」とヅォンガは鼻息を荒くしていたが、現時点では何が違うのかよくわからなかった。
「ザームエルの奴に従っているものは恐怖と力で支配されているものがほとんどだったので、ザームエルの死を理由に説き伏せれば、城はクロード様のもの。説得はこのドンガにお任せください」
ヅォンガはクロードの倍はありそうな胸板を力強く叩くと、鼻を鳴らした。
城が欲しいなどとは一言も言った覚えがないのだが、この後、いったいどうするつもりなのであろうか。
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