第73話 平穏無事
≪黒き森の閉ざされた城≫までは二日ほどの行程であった。
途中、みぞれ混じりの雨が降り、それが雪に変わったが地表の熱のせいか、地面を白くするには至らなかった。
それでも木々の枝や低木の上には、しばらく白いまま残り、冬の訪れが近いことを教えてくれた。
この世界にもどうやら日本の四季のようなものがあり、ここは山のふもとでもあることから、もうしばらくすれば雪に閉ざされ、さながら雪の牢獄のように森の外に出ることは叶わないのではないかと心配になった。
気温も最初にこの世界に来た時よりは朝晩と随分下がってきてはいたが、≪頑健≫のスキルのおかげなのか、あるいは能力値の恩恵なのか、寒さを自覚しながらもつらくはなかった。
元の世界でも冬場にTシャツで「寒くない」と豪語する変わった人もごく稀にいたが、その人はスキル持ちだったのかもしれない。
「クロード様、着きましたよ。この城下町を抜ければ≪クロード様のお城≫です」
ヅォンガはどうやら笑っているらしい表情で陽気に言った。
この調子のよさでザームエルにも取り入っていたのであろうか。
口を開けば、「ヨイショ」や「おべっか」が飛び出してくる。
≪黒き森の閉ざされた城≫は丘の上に静かに鎮座しており、その周りには樹齢何百年かわからない巨木がまるで女王を警護する衛兵たちのように規則正しく並んでいる。
丘のふもとには、この魔境の森特有のねじくれだった木々が生えており、その木々の根元にはそれぞれ小屋の様な物が張り付いている。
ヅォンガの話では、オークたちはこの雨風を防ぐための小屋の中に穴倉を掘り、そこで生活しているとのことだった。
なるほど、一般的なイメージとはかけ離れているが、これは確かに城下町だ。
看板のついた店のような小屋がいくつもあるし、小屋の数から推測するとかなりの人口であると思われた。
少し離れたところではオーク族の子供たちが追いかけっこのようなものをしている。
「子供は無邪気でいいですな」
ヅォンガは目を細めながら、呟いた。
同族の子供に対する愛情のようなものはオーク族にもあるようだが、同胞の死に対する無反応を見ると、人間よりも蜂やバッファローのような群れで行動する生物に近い価値観なのだろうか。
どちらにせよ、こうして集落を形成し、文化的に生活している姿をみると、なぜか憎めない気になる。
平和な暮らしを守りたいと思う気持ちはおそらく、どの種族も同じで、その気持ちを他の種族と互いに共有することができたら、どの世界ももっと平和になるのではないだろうか。
クロードたちが城に向かう間に通ってきた林道は城に近づくほどに、次第に整備されていき、その左右に広がる樹下の集落は、都市の大通りを思わせた。
その通りの終点には石造りの外門があった。
門は落し格子で閉じられており、門の両脇には、クロードの身長の二倍近い背丈の大男が立っていた。大男たちの頭上には角があり、その皮膚は赤く、筋骨隆々といった感じだ。
「あれは
ヅォンガは愛想笑いを浮かべると大股で、異形の門番たちに近づいていく。
こうして見てみると魔境の森の中は様々な種族がおり、それらは同じコミュニティでそれなりにうまくやっていることがうかがえる。
岩山の里では公用語として「古き森の民の言葉」が使われていたが、ここではどうなのであろうか。
「クロード様、話が付きました。ここからは徒歩になりますので、私について来てください。あっ、あの馬、気に入られましたら、献上いたしますよ」
クロードは馬を降り、ヅォンガに続いた。
オーク族の歩兵たちとはここでお別れのようだ。
話をつけたといっても、何をどういう風につけたのか。
城の中で状況が一変ということは十分にあり得る。
警戒を解くわけにはいかない。
≪危険予知≫では目立った敵意の存在は感じられないものの、こちらを探るような気配や視線は、城の方向やこれまで通ってきた道の途中からも複数感じ取ることができていた。
平穏無事に更なる流血もなくここまでこれたのは、非常に幸運だったが、それはあたかも嵐が来る前の静けさのようで余計に不気味だった。
順調にいきすぎると不安感が増すのは、俺が小心者だからであろうか。
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