第56話 半月形

「神を殺す方法がある」


バル・タザルは地上に戻る階段を登りながら、クロード達に説明した。


「神は自らに対する信仰心無くして、その力を保つことができない。≪世界≫はその信仰心を集めるための装置なのだ。神は自らが産み出した≪世界≫と繋がっており不可分の存在だ。文明を発展させ、信徒が増えれば、神は力を増すが、逆に自らを崇め奉る信徒が一人もいなくなれば、神は力を失い、やがて死ぬのだ」


≪世界≫を生み出すには途方もない力が必要であり、信仰を失い怠惰なルオネラにはもはやその力はなく、少しずつ死に向かっているはずだったとバル・タザルは吐き捨てた。


女神ロサリア像のある地上階に戻り、扉から外へ出ると、もう日が暮れていた。


「講義はこれまでだ。今夜はこの教会の中で一夜を過ごす。お前らは夕食と寝床の支度を。儂は建物に≪魔力の結界≫を張る」


バル・タザルの指示に従い、教会内に戻ろうとしたその刹那、今まで感じたことのないような悪意ある意思を≪危険察知≫で感じた。


上空だった。


はるか森の奥の方から、凄まじい速さで、危険を感じさせる何かが接近してくるのを感じる。


バル・タザルたちはまだ気が付いていないようだった。


「何か来る。空からだ」


クロードは、大きい声で危険の到来を警告した。

一同は空を見上げて、何事かと訝しむ。


「確かに何者かがこちらに近づいて来ておる」


次に気が付いたのはバル・タザルだった。


何かが羽ばたく音がだんだんに近づいて来て、やがて

猛烈な風が辺りを吹きつけてくる。


上空に現れたのは、羽を持った巨大な爬虫類の様な生き物だった。

赤黒い鱗に、黄色く光る縦長の光彩を持った瞳。頭部に細長い牛の角のようなものが何本も生えていた。


その奇妙な生き物は、羽ばたきながらゆっくりと地上に降りてきた。

体長は牛や馬よりふた周りは大きいだろうか。

生き物の背には鞍、口周りには手綱がつけられており、背中に男が乗っていた。


「人間風情が、こんな廃墟でこそこそ何をしている」


男は生き物から降りると、こちらに近づいて来た。

月明りとバル・タザルの杖に灯る≪光源≫に照らされた顔は若かった。

歳はクロードより少し上くらいであろうか。

立ち上げた形の髪は白く、肌は褐色だった。

全身に黒光りする金属の鎧をまとい、腰には幅広の変わった形の鞘に納められた剣を佩いている。


≪危険察知≫が最大限の警告を告げている。

こんなことは今まで一度もなかった。

首の後ろ辺りに冷たいものが流れるような感じがした。


「まあいい。聞き出すのも面倒だ」


男は躊躇いもなく鞘から剣を抜いた。


蛇のように曲がりくねった歪な形の剣だった。


エルマーは小剣を抜き放ち、円形の盾を構え、前に出る。


「誰だか知らないが、向かってくるなら容赦しないぞ。剣を納めて、立ち去れ」


エルマーは小剣をくるくると回し威嚇する。


男は苦笑いを浮かべて、エルマーの方に歩み寄っていく。

そして蛇行した形状の剣を横なぎに一閃。


クロードは慌てて、エルマーの背後に駆け寄り、外套の背中の布地を掴み、手前に引っ張った。


「ひぃ」


エルマーは勢い余って腰を強く打った。

エルマーの円盾は半月形になっており、右腕には横一線、けっして浅くはない傷ができていた。


「ほう、なかなかできる奴がいるな。楽しめそうだ」


男は剣についたエルマーの血を一舐めするとと、喜悦の笑みを浮かべた。







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