第55話 創世神
長く続く地下階段を降りると、バル・タザルの言う様に巨大な空間があった。
その空間には地上の教会堂の内部のように何列も長椅子が置かれ、その先には華美な装飾の立派な祭壇がある。
何よりも大きな違いは女神ロサリアの石像ではなく、違う姿形の像に置き換わっていたことだ。
蛇の様な下半身の上に、九つの乳房がついた四本腕の若い女性の上半身が乗っている。
その女性の表情はけだるげで、微かな笑みを浮かべている。
その像はまるで生きているかのような精巧さで、バル・タザルの持つ杖の先に灯した≪魔力による光源≫の光に照らされて、より一層妖しげな雰囲気を醸し出している。
「こんな神様いたかな」
エルマーは栗色の髪を搔きながら、呟いた。
「堕ちた神。怠惰と創世の女神ルオネラだ」
バル・タザルは酷く青ざめた顔で石像の顔を凝視している。
クロードは、オルフィリアの方を向いて確認してみたが彼女も知らないようだ。
「導師、創世の御業をなされたのは太陽と豊穣の女神ロサリア様を主神とする九柱の神々でしょう。ジゲ村の教会ではそう習いましたよ」
エルマーは納得いかない様子だ。
「それは比較的新しい、三百年程前にロサリア教団によって作られた神話だ。真実は違う。隠さねばならない都合の悪い事実があるのだ」
バル・タザルによれば、この世界を作ったのは、このルオネラという女神なのだという。
女神ルオネラはひどく怠惰な神で、自らが生み出した世界の管理をほとんどしなかった。運に任せ、自らが生み出した人族などの種族を導きもせず、文明の発展を彼らの思うがままにさせた。
そうした文明が自らの気に入らない方向に発展した場合、短慮なルオネラは文明を破壊しつくし、何度もやり直しを自らが創造した生物たちに強いた。
そして何度かの破壊と再生を繰り返すうちに、ルオネラは世界の管理の重要性にようやく気付いた。
ルオネラは、自らが持つ神としての力の半分以上を、九つに分け、分身を生み出し、自分の代わりに世界を管理させることにした。
この九つの分身たちが、エルマーや今の時代の人々の信仰を集める≪九柱の光の神々≫なのだとバル・タザルは説明した。
まるでバル・タザルは見てきたように話すとクロードは思った。
話のほとんどが伝聞や推測ではなく、当然のことのように語っている。
思えば、経歴や出自などバル・タザル自身のことについては、ほとんど知らない。
「でも、この世界を創ったというのが本当であれば、どうして隠す必要があったのかしら」
オルフィリアは、ルオネラの石像を見上げながら、疑問を口にした。
「今我らの住まう文明を滅ぼそうとしたからだ。管理者を置いても、世界はルオネラの望む方向には進まなかった。人々の信仰は九柱の神々に向かい、全てを任せきりにしていたルオネラへの信仰は薄れ、忘れられていった。すべて滅ぼし最初から創世をやり直そうとするルオネラに対して、人々の過ちを教え、諭し、導こうとする九柱の神々が反旗を翻した。力の大半を分身の創造などに費やしていたルオネラは、≪一人の英雄≫を中心に結集した人族やエルフ族などの人類と九柱の神々によって敗れ、封印された。これが、たった三百十九年ほど前の話だ」
「それってつまり、有名なクロード王英雄譚にでてくる邪神が、このルオネラという創造神だったってこと?」
オルフィリアが、バル・タザルに詰め寄る。
「そうだ。この世界の創造主によって滅ぼされかけた。我ら人類にとってこれほど都合の悪い事実はあるまい」
このルオネラという女神は怠惰だと言っていたが、話を聞いていると「こだわりが強い陶芸家」のようで、実はけっこう職人気質なんじゃないか。
あるいはもう少し見方を変えれば、産むことにだけ関心があって、育児に関心を示さない問題ある母親という見方もできるかもしれないが。
クロードは話を聞きながら、そのように思ったが、一同の真剣な空気を読んで、口には出さなかった。
それにしても教会の地下に別の神の祭壇を設けるなど異常だ。
廃村ガルツヴァの全村民の失踪事件とこのことは関連あるのだろうか。
「でも、わずか三百年ほど前のことなのに、当時の真実がこれほどまでに伝わってないのは違和感を感じるわ」
オルフィリアの感想ももっともだ。
三百年前の当事者たちはなぜ真実を伝えず、間違った歴史認識を生む様な英雄譚や宗教を生み出したのだろう。
そして三百年以上前のことを見てきたかのように話す、このバル・タザルという老魔道士は何者なのだろうか。
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