第54話 教会堂
ガルツヴァ村は二百年近くたっているとは思えないほど、当時の面影を残していた。
入り口付近はまるで村を守る囲いのように曲がりくねった木々が生えていたが、村の中には一本も生えていなかった。
当時の道もまだそのまま残っており、村民が建物の陰から現れても不思議がないような感じだった。とはいえ、よく見ると家屋の屋根は腐り落ちたものもあり、石でできた壁は苔むしている。
遠く村の中心と思しきあたりには、大きな建物があった。
あれが、資料にあった女神ロサリアを祀った教会であろうか。
屋根も外壁も経年の劣化は進んでいたが、まだ建物としての体を残していた。
田舎の村にある教会堂にしては不自然なほど大きく、これなら全住民が一堂に会することもできそうだ。よほど信仰心が篤い住民たちであったのだろうか。
「どれ、ちんたら調査しとっても仕方がない。クロードよ、魔力にはこういう使い方もある。よく見ておけよ」
バル・タザルは地面に両手をつくと、目を閉じ神経を集中させ始めた。
やがてバル・タザルの魔力塊から手を伝わり、細い糸状の魔力が蜘蛛の巣のような形を取りながら、村中に広がっていくのをクロードは感じた。
「だいたい分かった。だが少し気になる場所があるな」
バル・タザルは地図を作成するための紙に村の区画を書き込んでいく。村の道幅、建物の大きさなど大まかにではあるが寸法などの情報を添え書きし、あっという間に地図と呼べる出来の物が出来上がる。
なるほど、バル・タザルがこの依頼を即断即決したのはやはりこの手の依頼に自信があったのだなとクロードは納得した。
「これは魔力探査と呼ばれる技だ。魔力を地形の表面に張り巡らせて、それに触れたもの形状を読み取ることができる。細く伸ばした魔力に五感をつなぐのだが、自分の手指の延長だとイメージするのが最初のコツだ。それができるようになったら、その指に目だの耳だの鼻だのを生やす感じで拡張していくのだ。探査できる範囲の上限はは魔力の大きさに比例する」
バル・タザルはクロードの方をちらっと見やり、説明した。
もちろんこれは高度な技らしく、クロードには百年早いという言葉を付け加えることも忘れなかった。
バル・タザルは把握できた情報を書き込み終えると、村の中央にある大きな建物に向かった。建物の前までくると再び跪き、手のひらを地面にあてる。
「妙だな。地下に何かある。大きな空洞だ。あの大きな建物の地下に部屋のような大きさの空間があるぞ」
クロード達はバル・タザルの後ろについて行き、一緒に古びた建物の中に入る。
建物は、やはり教会のようだった。
奥に巨大な石像があり、その前に簡素な祭壇と朽ちた木製の長椅子が列を成して規則正しく並んでいる。
おそらく信徒たちが座り、石像に祈りをささげる場なのであろう。
石像は、両の手を大きく広げた髪の長い女神の姿をしていた。
これが女神ロサリアなのであろうか。
正直、石像の出来栄えはいまいちで、細かいところが雑に見えた。
エルマーは意外と信心深いらしく、ロサリア像の前で、胸の前で手を組み、首を垂れている。
「こんなところで、二百年も昔に作られたロサリア様の像を拝めるなんて、この依頼を受けてよかったなぁ」
祈り終わったエルマーは、とてもうれしそうだ。
そんなエルマーのことなど気に留める様子もなく、バル・タザルは妙に神妙な面持ちで石像の手のあたりを触っている。
そして、突然、上を向いている左の掌をぐるりと下に回した。
「わっ、導師。罰当たりですよ」
エルマーが非難の声を上げたのと同時に、何かきしむ様な音と大きな衝突音が鳴り、建物の右奥の壁に地下への隠し階段が現れた。
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