第53話 緊張感

翌日のまだ日が昇りきる前に北の森の手前に着くことができた。

一角巨人との遭遇を考慮に入れるとバル・タザルの見立てよりだいぶ早く到着したことになる。


一向は荷車から依頼達成に必要な装備と食料を各自取り出し、それ以外の予備物資と荷車を旧街道から少し離れた茂みの中に隠し、オルフィリアの精霊魔法≪隠ぺい≫で、他者に見つかりにくいように隠した。彼女の話では森の精霊の力を借りて、蔦などの植物で対象を隠すことができるそうだ。


それにしても不気味な森だった。

樹木は、その幹、その枝ぶりがいびつで、形がねじくれているものが多い。

遠くからは得体のしれない何かの鳴き声や吠え声が時折、聞こえた。

いままで歩いてきた旧街道はこの森に飲み込まれるように途中からこの不気味な姿形の木々に遮られており、かつて道だったところがわからぬほどに木の根や腐葉土、落ち葉に覆われていた。

初めてこの世界に来た時にいたあの森も、普通の森とはどこか違うと感じたが、目の前に広がる≪魔境≫とかつて呼ばれていたらしい森は、不気味さといい、植生の奇抜さといい、自分が知っている森のイメージとは全くの別物だとクロードは思った。

その奇妙な森が視界に収まる地表のほとんどを埋め尽くしており、そのはるか先に大きな険しい山々が見える。


「精霊の動きがとても不安定だわ」


オルフィリアは何らかの異変を感じ取っているようで、表情が暗い。


エルマーは最後まで森に入ることに抵抗を示したが、バル・タザルの強気の説得に根負けし、しぶしぶ了承した。

なんとなくだが、この二人のやり取りを見てると緊張感が和らぐ気がする。


隊列はクロードを先頭に、バル・タザル、オルフィリア、エルマーの順になった。


クロードは、地図を持つバル・タザルの指示に従い、進路の邪魔になる枝や草木を切り払いながら進んだ。

≪危険察知≫には少なくとも大小二十を超える反応があったが、そのどれもが不思議とクロード達との距離を取るように動き、近付いては来ない。敵意の度合いもそれほど高くないように感じた。注意深くこちらを探っている感じだ。


そのまま拍子抜けするほど、何事もなく日暮れ前には廃村ガルツヴァに到着した。


「地図によればここがそうだ」


バル・タザルはここまでくるルートや目印を資料として渡された地図に書き込みながら、呟いた。


資料によれば廃村ガルツヴァはかつて百人近い住民が住む大きな集落であったという。村の中央には光の神々の主神である女神ロサリアの教会があり、その敬虔な信者たちが暮らす村であった。

しかし、ある日、王都とこの村を往復する行商人が、ガルツヴァを訪れると村はもぬけの殻だったという。争った形跡もなく、静けさに包まれた村の不気味な様子に行商人は慌てて王都に戻り、衛兵に見たことのすべてを報告した。

当時のクローデン国王は、調査隊を派遣し、村民消失の原因を調べさせたが何もわからなかったという。


やがて村民が全員消えたという恐ろしい噂と≪魔境≫が近いという地理的条件もあって、ガルツヴァは、新たな移住者もなく廃村になった。


この事件が起きたのは二百年近く前の話で、ガルツヴァ村は古い記録の中にしか存在しない廃村となった。






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