第52話 異次元
バル・タザルに促され、旧街道の少し先で待っていたエルマーと合流した。
「何があったんですか。すごい変な音が聞こえて、振り返ったら、巨人が倒れたんですよ。完全に見逃しちゃったなぁ」
エルマーはしきりに何があったのか聞きたがったが、バル・タザルはそれについては何も語らなかった。ただ、ひとこと「儂の魔法じゃ」とだけ、荷馬車の屋根から、短く答えた。
「それにしても、あんな見たこともないような化け物がでるんだったら、引き返した方がいいんじゃないですか。皆さんもそう思うでしょう」
エルマーは荷車を引きながら、まだ幼さの残る顔を真っ赤にして同意を求めた。
「馬鹿を言え、あんな化け物がそうそういてたまるか。一角巨人は≪魔境≫の奥の方に群れをなさず、単体で活動しておる魔物だ。おそらく国軍やら冒険者どもが、彼奴の餌になる魔物を駆逐しすぎたので、空腹に耐えかねて、森の外に出てきたのだろう。もし、そうでないとするのならば、尚のこと、確かめねばならん」
バル・タザルは流石に年の功というか、この世界で出会った中では、誰よりも博識だった。
少し面倒くさいところもあるが、悪人ではないと思う。
オルフィリアとバル・タザルに、今自分の置かれている状況を包み隠さず相談できたなら、どんなに心強いことだろうかと思った。
一人でああでもない、こうでもないと当てもなく悩んでいるより、彼らに聞いてみたら、案外何か知っているかもしれない。
しかし、「理由はわからないけど、違う世界から突然、この世界に飛ばされてきました。レベルが上がると記憶と引き換えにスキルが得られるんです」などと言ったところで、信じてもらえるだろうか。
なにか信じさせるのに十分な証拠でもあればいいのだが、唯一の物証である下着とTシャツはどこにいったか分からないし、そもそも証拠としては少し弱い気がする。
「母と妹の名前」はやはり思い出せなくなっていた。
二人の名前が出てくる昔の会話を思い出そうとしてみたが無理だった。
そもそも元の記憶と比べて、どの記憶が消されたのか判別すことが難しい。
人間は長い時間を経て、様々な記憶を忘却している。
この普通の生理的な忘却と≪恩寵≫時の代償としての忘却の境目が曖昧だからだ。
「生まれ育った故郷の町に関する記憶」についても、その地名、住所はもちろんのこと、景色も住んでいた家の形もわからなくなっていた。それらが関わっている記憶についても霞がかっていて、巧妙に編集と加工がなされているような感じに近い。
それらの記憶と引き換えに得られたスキルが≪古代言語理解LV5≫、≪毒耐性LV5≫、≪異次元干渉≫だった。
≪古代言語理解LV5≫、≪毒耐性LV5≫はおそらく言葉のイメージ通りの感じなのだろう。
古代言語というのが何かわからないが、おそらく今の文明以前の言葉がわかるみたいなスキルだと思うし、毒耐性は、毒の耐性なのだろう。
トリカブトやテトロドトキシン的な猛毒を飲んでも大丈夫なのか、耐性の程度はわからないが、医療が発達してそうに見えないこの世界で生存率が少しでも上がるのならありがたい。
ひっかかるのは≪異次元干渉≫というスキルだ。
言葉のスケールが大きすぎて、どのようなスキルか想像がつかない。
「異次元に干渉する」というのはどういう行為を表すのか、「異次元」とは何なのか。何もわからないし、見当もつかない。
それに他のスキルと違って、スキル名の後ろにレベル表記が無い。
スキルの使い方もわからないし、まさに謎のスキルだ。
≪投擲≫のように使うことを意識して効力を発揮するタイプなのか、あるいは≪頑健≫や≪五感強化≫のように所持しているだけで自動で発動するタイプなのか。
この世界に来てから謎は深まるばかりで、解決の糸口すらつかめない。
わからないことだらけだ。
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