第51話 騎士爵

記憶をどのように失ったのか確認してみようと思いを巡らしていると、オルフィリアが近づいてきた。


急に身動きしなくなったので、心配になったらしい。


「ああ、大丈夫。≪恩寵≫が一度に三回も発生したから驚いただけだ」


「そんなこともあるのね。私は数年に一度あるかないかだから、そんな経験はないわ」


エルフ族はそんな感じなのか。

人族はどうなのだろうとバル・タザルを見ると、なにやら難しい顔をして考え込んでいる。


先ほど巨人に追われていた騎士たちの内の一人がこちらに近づいて来た。

一番見栄えのする鎧をまとっていた、あの騎士だ。


「貴公らのご助勢、感謝する。あの巨人を倒してくださったのはどなたか」


騎士は、馬から降りるとエトガーと名乗った。

三十代後半といったところか。こわい髭を短く刈り揃えた屈強そうな見た目だった。

クローデン王国に仕える騎士爵で、自領内の若者を引き連れ、魔物の討伐に来たところ、あの巨人と遭遇してしまい壊滅の危機にあっていたとのことだった。


「儂じゃ。儂の≪石弾≫の魔法が、巨人の頭部を貫くのをご覧になってはいませんでしたかな」


オルフィリアが答えようとすると、遮るようにバル・タザルが答えた。


「おお、なるほど貴公は魔道士でしたか。あのような化け物を一撃で屠るなど、我が王国の魔道士団の者でもそうはおりません。お望みであれば、さるお方を通して、推挙させていただきますが」


「いやいや、もはや死を待つばかりの老境にさしかかっておりますゆえ、そのような気遣いは無用」


「では、何か礼となるものを。おお、そうだ少ないがこれを受け取ってください」


エトガーは、腰に下げた巾着袋をバル・タザルに、やや強引に押し付ける。

バル・タザルは無言で巾着袋を受け取り、「善きかな、善きかな」と長い髭に手をやった。


「ものは相談なのだが、あの一本角の巨人を我々が討伐したことにしてくれませぬか」


エトガーはしばらく何か言い出しにくそうにしていたが、とりとめのない話の後に突然、すがるような目で切り出してきた。

エトガーによると、クローデン王国では最近、北の森から出現する魔物の討伐に王直属の国軍が大変苦戦しており、貴族から世襲権を持たない騎士爵まで総動員で駆り出されているという話だった。

立身出世の好機とばかりに人員を募り、出征してきたが、部隊の半数を失い、このまま手柄も立てずに帰還することは痛恨の極みなのだという。

命を失った若者たちの家族にどう説明すればよいのだと涙を流し始めた。


迫真の涙のかいもあってか、バル・タザルは、一角巨人の手柄を譲ることに快諾した。


エトガーは地面に平伏しそうなほどに礼を言うと、せめて恩人の名前を聞かせてほしいと懇願した。


「ポン・ポトフじゃ。巷では≪隙間風の魔道士≫と呼ばれておる。もう出会うことはあるまいが達者での」


バル・タザルはクロードとオルフィリアの背を押しながら、小声で「はやく行くぞ」と囁いた。


手柄を譲ってもらった騎士爵エトガーは、満面の笑みで馬に乗ると、巨人の角の切り出しに苦戦する配下たちの元へ駆けて行った。


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