第57話 圧倒的
クロードは銀貨三枚で買った中古の長剣を鞘から抜いた。
剣を抜いたものの、どう構えていいかわからないし、正直言ってリーチが多少長くなるくらいの効果しかないことも自覚していた。
「ほう、構えぬのか。よほど豪胆なのか、それともそういう流派なのか」
違う。そのどちらでもない。
エルマーへの一撃で、この蛇の様な剣を持った男の攻撃が見えないほどの速度でないことはわかった。
相手の一撃目を躱し、無防備になった相手に自分ができる最速の一振りをぶつける。
蛇剣の男から感じる危険度と圧力は、≪大旋風のゴルツ≫の比ではなかったが、やれることはこれしかない。シンプルにいこう。
「では、こちらから行くぞ」
蛇剣の男は、一瞬で間合いを詰めてきた。速い。
先ほどよりも速度のある一撃が、クロードの上半身と下半身を分断しようと迫ってきた。
一歩半後ろに下がり、横薙ぎを躱すと逆に踏み込んで蛇剣の男の頭部目掛けて、振り下ろす。
蛇剣の男は、空振りした剣先を切り返すとクロードの一撃を受け止めた。
剣と剣がぶつかり、甲高い金属同士の衝突音が上がる。
「やるな、人とは思えぬその膂力。殺す前に名を聞いておこうか」
「クロードだ。お前はいったい何者だ。なぜ、襲ってくる」
蛇剣の男は刃の向きを変えクロードの剣をいなすと、間合いを取った。
クロードは自分の長剣を見て愕然とした。
刃と刃がぶつかったところに亀裂が入り、刀身が曲がっている。
ほとんど使ってないのに買ったばかりの長剣が台無しだ。
「クロードとは忌まわしい名だ。我はルオネラ様の剣。魔将ザームエルだ。お前を殺す者の名を胸に刻んで死んでいくがいい。そこの小僧のようにな」
魔将ザームエルと名乗った男は、蛇剣をまだ立ち上がれないでいるエルマーに向けた。
見るとエルマーの顔色は紫がかった青白さで、大量の冷や汗をかいている。
「これは、いかん」
バル・タザルはエルマーに駆け寄ると爛れた腕の傷に手をあて、意識を集中させ始めた。
オルフィリアは目を閉じ、小さな声で何か唱え始めている。
何か、打つ手があるのかもしれない。
魔将ザームエルが乗ってきた生物は、騎乗用なのか今のところ、地面に伏して大人しくしている。
「この魔剣に斬られたものは、その毒の魔力によりかすり傷一つで命を落とす。お前はいつまでかわし続けることができるかな」
魔将ザームエルは楽しくてたまらないといった表情で、次々と連撃を放ってくる。
聞かれてもいないことを自分から次々と明かしていくのはなぜだろうなどと思ったが、今はそれどころではない。
ザームエルの連撃は、徐々に速度を上げていき、躱すのも苦しくなってきた。
身体能力はさほど差がないというか、おそらく少し勝っているような気がしたが、剣の技術による無駄のなさが自分との圧倒的差だと思った。
こちらの動きは完全に読まれ、動き出す前に機先を制される。
詰将棋のように、徐々に逃げる位置を限定され始めた。
あの蛇剣が体に触れるのは時間の問題だ。
剣で戦い続けている限り、この男には勝てないと思った。
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