第49話 摩擦音 

遠くから背丈の何倍もの巨大な生物が自分に向かって迫ってくる体験をしたことがある人間は、平和だった元の世界ではほとんどいなかっただろう。

それはあたかも三階建ての建物に手足が生えて、突進してくるかのようで、非現実的で、どこか滑稽に見えてしまう異常な光景だった。

追いかけられている騎士たちがジオラマに使うおもちゃの人形に見えてしまうほど、彼らを追っている巨人は大きかった。


「エルマー、クロードと代わって少しでも多く街道を進め。儂らの姿が小さく見える辺りで待機だ。荷車を壊されてはかなわん。クロード、儂とお嬢さんにしばらく、あのでかぶつを近づけるな。魔法で迎え撃つ」


「導師、いい加減、私のことをお嬢さんと呼ぶのをやめていただけませんか。この中では一応二番目の年長者なんですから」


バル・タザルの指示にオルフィリアが頬を膨らませる。


クロードはオルフィリアが年上だと思ってなかったので、内心驚いた。

エルフは人間より成長が遅いとか、見た目的にあまり老化しないとかいう感じだろうか。

本当は何歳か聞いてみたい気もしたが、今はそれどころではない。


バル・タザルは歪にねじ曲がった杖を天に掲げると意識を集中させ始めた。

自分の中にある魔力塊を感じるときほどの確かさはないが、見間違いや気のせいではないと思えるぐらいには、バル・タザルの体の中で何かが流動していることが感じられた。魔力の大きさや強さまではわからない。


『大地に住まいし無垢の小人よ。我が呼びかけに応えて』


オルフィリアは地面に手をつくと何やら唱え始めた。


どうやら騎士たちは、こちらに気付いたようだ。

≪危険察知≫のスキルからは、敵意を感じ取れなかったがこちらを警戒はしているようだ。

≪五感強化≫のおかげか、知覚の能力値によるものかわからないが、クロードの目には、騎士たちや馬の逃れまいとする必死の形相が見て取れた。


一つ目の一角巨人はまだこちらに意識を向けていない。

がむしゃらに騎士たちを追いかけている。巨人は体格のわりに機敏で、馬の全速力より少し遅いくらいだった。このままだとあと数十秒でこちらに到達してしまう。


バル・タザルとオルフィリアの準備がどのくらいかかるのかはわからないが、巨人を近づけるなといわれた以上何かしなければならない。


クロードは周囲の地面を見渡した。

すぐ近くの旧街道の荒れた路面に、レンガより少し小さいぐらいのところどころ角ばった石がめり込んでいるのを見つけ、手に取った。


≪初恋の女性に関する全ての記憶≫と引き換えに得た≪投擲LV5≫を試してみたくなったのだ。


なるほど、こうして石を手にしてみると妙にしっくりくる。

石の重量、形状から投擲のイメージがはっきり湧く。

今なら、ゲームセンターの的当てゲームでも余裕でパーフェクトとれそうだ。

コントロールだけではない。

下半身で貯めた力をどうすれば、無駄なく石に伝えられるか具体的な肉体の感覚でわかった。


クロードは大きく振りかぶり、ありったけの力を込めて、一角巨人の顔の中央にある大きな一つ目を目掛けて、腕を振りぬく。


石は、空を切り裂くような不快な摩擦音と回転音を発しながら、直線に近い浮かび上がるような軌道で一角巨人の頭部めがけて飛んでいく。


石はそのまま逃げ惑う騎士たちの頭上を通り過ぎると、巨人の目玉を貫通した。


巨人はそのまま仰向けになり、動かなくなった。


何人かの騎士は石が空気をくり貫くかのような音と勢いに怯えた馬に振り落とされ、落馬したようだ。


バル・タザルとオルフィリアは大口を開け、身動き一つせずクロードを見ている。


エルマーも茫然と荷車を引く手を止め、動かなくなった巨人の方を見ていた。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る