第46話 大惨事

クロードが本気で魔法が使えないことを確認すると、バル・タザルは魔力の操作方法を学ぶことを勧めてきた。

膨大な魔力を持ちながら、魔力の操作方法を知らないというのはとても危険なことなのだという。

魔力は人間の精神に強く感応し、思いもよらぬ現象を引き起こすのだという。

生まれつき魔力が高めに生まれた非魔道士が何かの原因で高ぶってしまった自分の魔力で、家ごと吹き飛んだような例も非常に稀にではあったが存在したらしい。

バル・タザルに言わせれば、今のクロードは子供が御者をする荷馬車に大量の火薬と油壷を積み込んで好きに走らせている状態なのだという。

このままクロードを見て見ぬふりするのは白魔道の徒として耐え難いのだとバル・タザルは語った。


ちなみに白魔道士というのは先人たちが定めた掟と規律を遵守し、良心に従い禁忌を犯さない魔道士のことで、その対極には魔道の追求のためには手段を選ばない黒魔道士が存在する。


確かに自分自身では存在すら感じ取ることができない魔力とやらで爆散するのは避けたい。しかも魔法を使ってみたいという願望も否定できない。


「魔力の操作を教えるからには、守らねばならぬ魔道士の掟があるが良いか」


バル・タザルはいつになく神妙な面持ちでクロードの目を見据えた。


「はい、よろしくお願いします」


バル・タザルの方から教えてくれると申し出てくれたのだ。

断る理由はない。

もし、元の世界に戻れたとして、魔力を制御できないままの状況では、自爆して大惨事を引き起こす可能性もあるかもしれない。


「導師、僕にも教えてくださいよ」


やり取りを見ていたエルマーが口をとがらせる。


「残念だがお主には無理だ。普通の人間は物心つくころから修業を始めなければ、魔道士にはなれんのだ。お主はもっと体を鍛えよ。昼の荷車引きのへっぴり腰は見ておれんかったぞ」


バル・タザルはそういって、エルマーのおでこを指ではじく。


食事も終わり、しばしの休憩の後、クロードはさっそくバル・タザルの教えを受けることになった。バル・タザルはクロードに、敬意をこめて≪導師≫と呼ぶように強く念を押したうえで、魔道において師弟の関係は絶対なのだと言った。


エルマーやオルフィリアも興味深げに二人のやり取りを見ている。


クロードは、バル・タザルの正面に立ち、両手を前に出すように言われた。


「よいか、まずは魔力の存在を感知できなければならない。感知できないものは操作できないからな。魔力はすでにお前の体の中をめぐっておるが、どれが魔力なのかお前自身がわかっておらんのだ」


バル・タザルはクロードの両手首を掴み、目を閉じた。


「今から儂が直接お前の魔力に干渉し、制御を試みる。お前は心を安らかにして、己の内に起こる変化を感じ取るのだ」


クロードも目を閉じ、深呼吸をした。

しばらくすると手首を掴んでいるバル・タザルの手から心地の良い温かさのようなものが感じられた。その感覚は、水面を走る波紋のようにクロードの全身に広がっていく。


やがて自分の全身に今まで感じたことのないような活力とも少し違う、とらえどころのないエネルギーとしか言いようのない何かが循環しているのに気が付いた。

自分の内側から湧き出てくるそのエネルギーの奔流はやがて、すぐ近くの同じようなエネルギーの塊を引き込んで取り込もうとし始めた。


バル・タザルの悲痛な呻き声で現実に引き戻された。


目を開けるとバル・タザルはクロードの前に膝をつき、肩で息をしている。

青ざめた額には、たくさんの冷や汗が浮かんでいる。

両手は痙攣しており、息も絶え絶えの状況だった。


「もう少しで入門したての弟子に殺されるところだったわい」


バル・タザルはその場から立ち上がることができないまま、呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る