第45話 魔道士

魔道士とは何か。

バル・タザルは焚火の炎を見つめながらながら、クロード達に問いかけた。


「魔法を使える人間ですか」


エルマーは、干し肉を齧りながら答えた。


「そうとも言えるが厳密にはそうではない。魔道士とは体内に宿る魔力を操作し、現実界に干渉する力を有する者だ。魔力は、ありとあらゆる人間の中に存在するが、その量は微小で現実世界に干渉するには至らない。魔道士になる者は、そのほとんどが幼少時より、厳しい制約を課した生活と厳しい修行を強いられる。これは体内の魔力を増大させるためであり、その増大させた魔力を操作するすべを学ぶためなのだ」


バル・タザルの重く深みのある声が夜の静寂に厳かに響いている。


「魔道士は互いに相手の魔力の大きさを視ることができる。魔道士同士の戦いは魔力の大きさで大勢が決まってしまうから、初対面の相手には必ず魔力の大きさを確認することが魔道士の常識なのじゃ。初めてクロードに話しかけられたとき、平静を装っておったが、内心、氷の刃を飲みこむような心地じゃった」


「クロードの魔力は、そんなに大きいの?」


オルフィリアは、野草のスープが入った金属製のカップで手を温めながら質問した。

夜気はやや冷たくなってきており、白い息がかすかに漏れている。

辺りの木々を見ても紅葉が進んでおり、この世界にも四季はあるのかもしれない。


「そうさな、数字で例えるなら、儂の魔力を百とすると、お嬢さんは十、エルマーは一か二。クロードは百五十に少し足りないくらいか」


「僕の魔力はそんなに低いんですか」


エルマーは声変わりの途中のような声で抗議した。


「恥じることはない。エルフはもともと魔力の素養が優れているし、普通の人間はだいたいエルマーと同じくらいだ。考えてもみよ、火だの雷だのを発生させる人間があちこちにおったら、世の中混乱の極みじゃ。最初の問いかけに戻るが、魔道士とは、長き修行の末に普通の人間が持ちえない莫大な魔力を備えたる者なのだ」


ここで疑問が生じた。

なぜ、能力値が存在する世界で、わざわざ数字に例えるのだろう。


「導師、恩寵の時に見られる能力値では、魔力の値はいくつ何ですか」


確か、導師と呼べと言っていた気がするので呼んでみたが、一瞬皆の動きが止まる。

バル・タザルも、オルフィリアも、エルマーも不思議そうな表情を浮かべている。


「能力値とはなんだ?恩寵の時にわかるのは自らの身に宿ったギフト、すなわちスキルだけだぞ」


バル・タザルの言葉に一同頷く。


どうやら、恩寵の時、認識している内容がこの世界の住人とは違うようだ。

詳しく聞くと、この世界の住人は恩寵の時、恩寵の発生回数、名前、能力値などはわからないようだ。自らの所持しているスキルやそのレベルが実感として感じられるだけなのだという。体中に新しい力が漲り、五感が冴えわたるような感覚があるのは共通しているらしい。

恩寵は何度発生しているか自分で数えておくものであり、バル・タザルに至ってはもう何度発生したか覚えていないという。


道理で、能力値について言及している人間がいないわけだ。

もしすべての人間が能力値を把握しているのなら、日常でもっと能力値に言及する会話があっても不思議はないと思ってはいたのだ。ギルドでも依頼の条件に能力値の指定などが出てきてもおかしくなかったはずだった。


「あなたの筋力の能力値はたったの四ですか。私の敵ではありません。私の筋力は五十三です」


このような会話がないのだから、当然と言えば当然だった。

この世界の常識でいえば、こいつ変なことを言い出しやがったと思われたかもしれない。今後は発言に一層気を付けなくてはいけない。


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