第40話 停留

その日の夜、クロードとオルフィリアは、アルバンとの会話を参考に冒険者ギルドの酒場で情報収集することにした。

店の奥の目立たないテーブルに陣取り、適当な食事と飲み物を注文した。


この時間になると酒場内は依頼を終えた冒険者でほぼ満席になり、酒の力も手伝ってか、にわかに騒がしくなる。


「キルヒェン辺りの迷宮は、もう駄目だ。浅い層はほとんど収穫がない」


「薬草取ってたら、尻を角鼠に刺されちまってよ。穴が二つになっちまった」


「聞いてくれよ。護衛依頼から戻ったら、家の中もぬけの空でよ。嫁さんと子供がいなくなってたんだ」


あちこちの会話が飛び込んできて、これはこれで楽しいが、もう少し突っ込んだ話が聞きたい。

だれか会話に参加してもよさそうな相手を物色しながら、野豚の野菜炒めを頬張る。


しばらく様子を見ていると気になる二人組の客を見つけた。年季が入った鼠色のローブを着た初老の男が酒を飲みながら若い冒険者に何か諭しているようだった。

二人が座っているテーブルは比較的大きい方で、置かれている料理の量を見ても、まだ余裕があり、相席できそうだ。


「だから討伐依頼などやめておけと言うたのだ。実入りがいいのはわかる。だが、命あっての物種だぞ。星の巡りが悪い。そういう時は下手に動かぬのが良いのだ。今回はバルスの髭を踏まずに済んだのだと思って、次からは気を付けることだ」


「ゴブリンならいけると思ったんですが」


クロードとオルフィリアは、初老の男に近づき、相席しても良いか尋ねることにした。


「すいません。もしよろしければ何か酒でもおごらせていただけませんか。俺たち、まだ駆け出しなもんで、一緒に話聞きたいんですが」


クロードは、初老の男に少々強引にではあるが、相席を申し出る。

初老の男は最初、訝しげな顔をしたが、酒をおごると聞いて、気を良くしたようだ。

元の世界で就活とコンパで鍛えたコミュ力が少しは役に立っただろうか。


「おう、若いのはこうでなくてはな。お前は見どころがあるな。善きかな、善きかな」


初老の男が座るように促してくれたので、元にいたテーブルから飲み物と椅子を持ってきて座る。


「儂は、人呼んで≪大いなる酒場の賢人≫バル・タザル。他にも≪若き星を導くもの≫、≪昏き闇を見張る者≫、≪当たらないわけでもない占星術師≫、≪流浪の賢者≫などとも呼ばれておる。口の悪い輩は、≪老いぼれ魔法使い≫、≪詐欺師の如き者≫、≪口から生まれてきた爺≫などと陰口をたたくが、まことにけしからん」


バル・タザルと名乗った初老の男は、長すぎる自己紹介の後、近くの給仕をつかまえ、程よく温めた葡萄酒を注文し、「この若者のおごりだ」と満面の笑みを浮かべた。


これは話かける相手を間違えたかなとクロードは内心思った。

次々飛び出す怪しげな二つ名を聞いてもいまいちどんな人物かわからない。

突っ込みどころが多すぎる。


話も非常に長そうだ。


「僕はジゲ村のエルマーといいます。冒険者になって半年の駆け出しです。よろしくお願いします」


エルマーは背が高く、ひょろりとした体形をしており、腰に小剣を下げている。

年の頃は十代の後半といったところか。

銅貨の様な髪色をしており、そばかすとニキビが愛嬌ある顔立ちに初々しい印象を添えている。

駆け出しとはいっても、半年であれば俺よりは先輩冒険者である。

体験談などを聞いてみたい。


バル・タザルとエルマーは仲間というわけではないらしい。

エルマーが薬草採集の依頼を受けた時にたまたま知り合い、それから何度か酒場で顔を合わせる程度なのだという。


クロードとオルフィリアは、二人に倣って、軽く自己紹介をした。


「なるほどな、冒険者なりたての新人二人が進むべき道に迷い、≪灰色の導師≫とも呼ばれる儂の薫陶を受けに来たというわけだな。よろしい。何が聞きたいのかな」


またひとつ通称が増えた気がしたが、聞き流して本題に入る。


ノトンからの護衛依頼しかやったことがないということを伝えたうえで、どんな依頼がおすすめなのか。そして、なぜエルマーという若者に討伐依頼をやめておけと言ったのか。


「初心者におすすめなのはやはり危険が少ない採取依頼じゃろう。だが、問題はそこじゃあない。お前さんが何を欲して冒険者をやっているかだ。金か、名誉か、地位か、名声か。その日暮らしできれば十分なのか、立身出世したいのか、はたまた今は滅びてしまった古代の文明にロマンを求め、解き明かそうと志を燃やすのか」


バル・タザルの回答は意外にもまともだった。

俺は何を欲しているのだろう。

誰に聞けば、俺の欲している答えを知ることができるのだろう。


自分に起きたこの突拍子もない現象を理解し、元の世界に帰る方法を知っている者がいるとしたならば、それは自分をこの世界に連れてきた張本人に他ならない。


オルフィリアの父親が師と呼んでいたらしい古代エルフ族のエルヴィーラ。

クローデン王国の国王エグモントや貴族などの権力者。


彼らなら何か、真実の切れはしの様なものを知っているだろうか。


「どちらにせよ、討伐依頼はやめておくことだ。金、名声など多くのものを得られるが命がいくつあっても足りん。ひた隠しにしているが正規の国軍でさえ魔物の討伐で甚大な被害を受けておる。近頃は、北の森から領内に侵入してくる魔物の数も、強さも一昔前とは違う。北の森では何かが変わりつつある」


バル・タザルは温かい葡萄酒をちびりちびりと舐めた。


「では、どのような依頼が私たちに向いているのかしら」


問いを投げかけてきたオルフィリアの真剣な顔をバル・タザルは値踏みするように見つめた。次にクロードとエルマーの顔を順に眺めた。そして白く長い髭に手をやると何やら考えている。


「どれひとつ、星に尋ねてみるか」


バル・タザルは目の前の大きな金属皿を布で軽くぬぐうと、何やら小さな袋を懐から取り出し中身をその皿の上に出した。袋の中身は、大小さまざまな石で、その色や形も多種多様であった。

その石が入った皿を皺だらけの手に持ち、何度か円を描くように揺する。


バル・タザルの薄い灰色がかった瞳が大きく見開かれ、その視線が皿の上に注がれる。


「ふむ、面白い。そうか、そういうことか。黄金律の綻び。たまり水。あるいは、いや違うな」


バル・タザルは一人で、ああでもないこうでもないとぶつぶつ言い始めた。

そうしてしばらく大皿の周りをうろうろしていたかと思うと突然立ち止まり、顔を上げた。


「星のお告げだ。決めた。儂も一緒に行こう。殻のついたチェキ鳥の雛みたいなお前さんたち三人まとめて面倒を儂が見てやろう。もちろん依頼も儂が選んでやるぞ」


エルマーは「僕も入っているんですか」と不満げな声を上げた。





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