第38話 拠点

昨夜一人でどのくらい飲んだのかわからないが、アルバンの部屋をノックしても返事はなかった。宿の主人にアルバン宛の「冒険者ギルドに行き、午後には戻る」旨の伝言を頼み、オルフィリアと二人で冒険者ギルドに向かうことにした。


オルフィリアは、昨夜の会話から何か気付きを得たようで、アルバンの忠告に従い、当面父親の消息に関する聞き込みをやめ、まずは王都での暮らしに慣れながら、冒険者としての経験を積むという方針を立てたようだ。

父親のオディロンに有力な貴族がパトロンについていたことなどを考えれば、冒険者として名声を高めたり、実力をつけることで上流階級の人脈や情報を得られるようになるかもしれなし、唯一の手がかりである古代エルフ族のエルヴィーラについても、かつての魔境を住処にしている以上、今の実力では探し当てるのは困難だと判断したようだ。


オルフィリアの話では、王都ブロフォストの北にある土地は、かつて魔境と呼ばれたという経緯もあり、三百年以上たった現在でも手付かずの広大な森林地帯になっているという。通常では見られない恐ろしい魔物や奇怪な現象が度々目撃されており、その森に近づく者はほとんどいない。


クローデン王国のもっとも古い伝承の一つに、クロード王の英雄譚がある。

これは人族だけではなく、エルフ族や他の種族でも有名な物語らしい。

現在クローデン王国がある土地は北の森から無限に湧き続ける魔物に蹂躙され人が住めない土地になっていたという。

北の森には諸悪の根源である邪神とその眷属たちがいて、邪神が生み出したとされる魔物たちがその周辺にある国々をも脅かしていた。

光の神々に属する全ての種族が滅びを待つばかりとなっていたが、突然現れた一人の人族の英雄クロードがその超人的な力で邪神を討ち、民心をまとめ上げ、クローデン王国を建国したというのがクロード王英雄譚の大体のあらすじだった。


クロード王によって打倒された邪神は完全には滅びておらず、今でも北の森の奥深くで眠っていると伝えられている。森の中には腕利きの冒険者でも手を焼く魔物が今なお多く生息しており、奥に行くほど危険なのだという。

その魔境を探索し、エルヴィーラを探すにはそれ相応の実力を身につけなければならないし、おそらく新たな信頼のおける仲間も必要かもしれない。


その第一歩として王都の冒険者ギルドに行き、ノトンから王都への拠点変更の手続きをすることにしたのだ。


午前中、早い時間の冒険者ギルドは混みあっていた。

仕事の受注を行ったり、割のいい依頼を探す冒険者たちで賑わっていた。


受付は混みあっていたので、もう少し空いてくるまでオルフィリアとギルド内を見て歩くことにした。

依頼書が張り出されている掲示板はノトンのギルドの何倍も大きく、依頼も多かった。薬草、鉱石などの採取依頼から、各都市への護衛依頼、そしてノトンより格段に多かったのは魔物の討伐依頼であった。

討伐依頼の依頼主の大半がクローデン王国の国王エグモントとある。

つまり、王家が金を払い、領内の魔物を冒険者に狩らせていることになる。

街道では野盗にしか出くわさなかったのは、こういった冒険者による討伐のおかげだったのであろうか。


正直、魔物討伐のような依頼は、≪恩寵≫すなわちレベルアップしてしまいそうで気が引ける。記憶の消却を伴う不必要なレベルアップは避けたいというのが本音だ。

それに血が吹き出たり、グロテスクなのはあまり好きじゃない。


かといって薬草や鉱石の採取依頼だけをやり続けていても冒険者としての名声や格付けはあまり上がらない気がする。ゲームや小説などでは、やはり人々が恐れおののく手強い魔物を退治したりして成り上がっている展開が多かった。


元の世界に帰れるなら本音は帰りたい。

ただ肝心の帰る方法が手がかりすらない。

今戻れれば、まだ元の世界の普段通りの生活に戻れる可能性が高い。

何年もかかって戻ったとしても、元の世界がどうなっているか皆目見当もつかない。

最短で戻るならレベルアップを目指すべきだが、レベルアップした先にいる自分は元の世界を覚えていないかもしれないという矛盾。

全てを忘れてしまった自分の居場所は、元の世界に存在するのであろうか。


正直どうすればいいのかわからない。

方角も何もわからず、暗い夜の海を漂流しているようなのものだ。


オルフィリアは遺跡の調査補助やダンジョン攻略のメンバー募集などに興味があるようだ。おそらく彼女は彼女なりの葛藤があるのだろうが、あまり顔には出さない。年下に見えるが自分よりよっぽど大人だ。



ふと思いついた。

例えばの話だが、貴重な薬草の採取地や知識を極め、≪薬草王≫とか呼ばれるようになったら、さすがに一目置いてもらえるだろうか。


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