第36話 理由

一番おしゃべりなヘルマンが去ってしまうと店内は貸し切りのようになってしまい、途端に静かになった。自分たち以外では二組しかおらず、テーブルはほとんど空いていた。

懇親を深めるといった彼の言葉はどこに行ってしまったのかとも思ったが、案外商売人というのはああいうものかもしれないと思い直した。

どちらにせよ、初めて訪れた都市で、宿を心配しなくて済むのはとても助かることだし、この店の料理と酒も決して悪くはない。

流行らないのは、価格設定や宣伝不足など別の原因があるのではないか。

実際、今食べている煮込み料理は、口に入れると溶けてしまうほど柔らかい肉や野菜に、独特の香辛料と味付けがなされたもので、もしここに白いお米があったなら、何杯でも行けてしまう美味しさだ。


「まあ、あれだ。飲み直そうぜ、今夜は貸し切りみたいなものだ」


アルバンは仕切り直しとばかりにグラスを近づけてきた。

クロードとオルフィリアはそれに応じ、三人で乾杯した。


「それで、お前さんたちはこれからどうするんだ?」


「しばらく王都を拠点に活動しようと思っているわ」


オルフィリアの答えにクロードも黙ってうなずく。

何か明確な今後のヴィジョンがあるわけではない。自分のあてのない漂流のような生活もオルフィリアの父親の消息を探す旅も。

それでもこの王都になにかしらかの手掛かりを求めてきた。


「そうか、俺はこの王都で野暮用を済ませたら、ノトンの町に戻るよ。俺みたいな下り坂の冒険者にはあそこぐらいの生ぬるさがちょうどいいのさ」


アルバンは腸詰の料理を頬張り、麦酒を流し込むとお代わりを注文した。


アルバンには本当にたくさんのことを教わったし、まだまだ教わるべきことは尽きないと思う。どこかうさん臭く、常に周囲を探るような目が信用できないと疑ってかかっていたが、ここ数日の旅路ですっかりアルバンに対する印象と評価は覆っていた。

周囲を用心深く監視するのは長年の経験によるものであり、自分はもちろんのこと、依頼主や同行者の危険を回避するためだ。無口でそっけないところもあるが、面倒見がよく、もし自分に兄がいたらこんな感じだろうかとクロードは感じていた。


「アルバンさんはどうしてこの依頼を受けたんですか」


アルバンほどのベテランなら報酬等分の条件で、足手まといになりかねない新人との共同受注など避けたかったのではないだろうか。


「理由は二つ。一つはゴルツを退けたと皆が騒ぐ期待の新人を自分の目で見てみたかったこと。もう一つはお嬢ちゃんがエルフ族だったからさ。エルフ族には生涯かけても返しつくせない恩があるんだ」


良い感じに酔いが回ってきたのかアルバンは饒舌になってきた。


「エルフに知り合いがいるんですか」


オルフィリアが身を乗り出す。


「ああ、俺の人生にはどういうわけかエルフ族が深くかかわっている。お前さんとの出会いも何か意味のあるものかもしれないな」


アルバンは頬の傷を指でなぞりながら言った。


「私の父は、名をオディロンといいます。『深緑の導き手』というパーティを作って、遺跡の調査や探索をしていた冒険者です。何か知っていることがあれば教えてください」


オルフィリアは、父親の特徴、二年前に消息が途絶えたことなどをアルバンに説明した。


アルバンはオルフィリアの話を聞くうちに神妙な顔つきになっていった。


「すまないな。親父さんの消息について俺は何も知らない。『深緑の導き手』というパーティについてはもちろん知っている。この国で冒険者やっていて、知らない奴はモグリだからな」


アルバンの話によると、『深緑の導き手』はクローデン王国で屈指の冒険者集団だったとのことだ。有力な貴族をパトロンに持ち、活動範囲を国内に限定することなく様々な迷宮や遺跡を探索し、その名声を轟かせていた。若き日のアルバンにとってもあこがれの存在だったという。


「実はお前の親父さんとは、もうずいぶん前になるが一緒に仕事をやったことがある。まだ俺が若くて、一番ギラギラしてた頃だ」



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