第35話 不振
ヘルマンに案内された店は、レーム商会がある区域にあった。
看板には「黄金の牡鹿」亭とある。1階は酒場兼食堂、2階は宿屋になっているようだ。まだ建ててから日が浅いのであろうか、建物は新しく綺麗だった。
ヘルマンはまるで我が家に入るような気軽さで「黄金の牡鹿亭」の扉を開け、中に入る。出迎えてくれた店の人がまるで来ることがわかっていたかのように各自の貴重品以外の大きな荷物を受け取り、二階へ運んでくれた。
「皆さんの宿の手配も済ませています。今夜の宿泊代は私のおごりですが、明日以降もご利用になるのであれば、ご自分で支払ってくださいね。さあ、料理の準備も申し付けてますので、すぐ食べられますよ。さあ、行きましょう」
ヘルマンは店の中央にある一番大きなテーブルに案内した。
テーブルに着くと給仕たちが酒と料理を次々運んでくる。
「おいしいブロフォスト料理にうまい酒。王都に来たなら、この「黄金の牡鹿亭」に決まりですよ。ノトンからの旅路で様々なことがありましたが、今宵は大いに楽しんでまいりましょう」
何かテレビのコマーシャルの様なヘルマンの挨拶に少しおかしくなったが、各々、好みの酒をグラスに注ぎ、軽く乾杯する。
クロードは葡萄酒に口をつけながら、テーブルの上の料理を見る。
一番目立つのは様々な色をした腸詰めを茹でたり、焼いたりした料理である。形状はソーセージやウインナーのようで、香草が入ったものもあった。薄く切った肉をローストしたものに甘酢の様なとろみがあるソースがかかったものや壺に入った煮込み料理、それに軽く熱を加えたサラダとも野菜炒めともつかない料理もある。
どの料理もできたてで、旨そうな匂いを放っている。
ブロフォスト料理というのは肉料理が多いのだろうか。目の前の肉は、見た目でいえば豚肉に近い。この世界にも馬がいるくらいなので、牛、豚、鶏のような生き物もいるのかもしれない。
ヘルマンはそれら大皿に乗った料理をテキパキと小さな皿に盛りつけると皆の前に配ってくれた。
まだ若いとはいえ、今回の依頼主である。少々申し訳ない気分になり、手伝おうと立ち上がったが、やんわりと断られてしまった。
取り分けられた料理を皆で食べながら、護衛依頼中の出来事や王都の話題で盛り上がった。
アルバンは、水を飲むように麦酒をあおり、軽口をたたく。どうやら酒が入ると饒舌になるタイプのようだ。
オルフィリアは、少しずつ料理をつまみながら聞き役に徹している。
ある程度の時間がたった頃、ヘルマンが突然皆に話があると言い出した。
「実はこの店、私の発案で始めた商売なんですが、なかなかうまくいかなくて困っているんですよ。何がいけないんでしょうね。後で皆さんの感想と助言を貰えれば幸いです」
ヘルマンはため息をつき、グラスに残った葡萄酒を一気に飲み干した。
そして、追加の料理と酒は自腹でお願いしますと爽やかな笑顔で言い残すと席を立ってどこかにいってしまった。
確かに自分たち以外の客の姿がほとんど無い。
どうやら一連の好待遇はヘルマンの経営不振の原因調査を兼ねた客引きでもあったようだ。
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