第32話 喧騒

王都ブロフォストは、「壁の都」だとヘルマンが言っていた。

しかし、門をくぐったクロードの目に最初に飛び込んできたのは石の壁ではなく、まさに人の壁であった。とにかく人が多い。

さすがに荷馬車が近づいて来たことに気が付くと避けてはくれるが、人々は自らの営みに必死で、往来は混雑していた。

路上に店や屋台を出したり、何か布教のようなことをしている人もいる。

荷馬車や荷車が忙しなく、行き来し、途絶えることがない。


「皆さん、私の店はこの区画から壁を二つ越えた先にあります。はぐれないで下さいね」


ヘルマンの話では、この区画は最も人の出入りが激しく、活気がある区画なのだそうだ。平時は店を持たない行商人や食堂が路上で商売をすることが認められており、様々な地域の食ベ物や商品を購入することができるという。

出入口から壁を越えて中心に近づくほど、身分が高い人間が住む区分けになっており、城の周りには貴族たちの邸宅が並ぶ区画がある。庶民はよほどのことがないとその区画には出入りすることはないとのことだ。


「ここにおられます紳士淑女の皆様、ぜひ立ち止まり話をお聞きください。今仕入れた最新の情報ですよ。国境を挟んで向こう側、神聖ロサリア教国で奇怪な出来事が起こったのをご存じか。国境近くの町ベジェで住民が消えた。一人ではありません。全住民が一夜にして消えたのです。詳しい話を聞きたくなった方は、この帽子に銅貨1枚入れてください。世の中の流れに取り残されますよ」


人目を惹く奇抜な服装の男が大声で何やら街頭演説めいたことをやっていて、周囲には人だかりができている。異なる様々な色の布地を継ぎ接ぎにして作った服を着て、顔には奇妙な化粧がほどこしてある。男の足元には、これまた派手な飾りのついた帽子が置かれている。

それにしても物騒な話である。町ごと全ての住民が消えたら、元の世界だったら大騒ぎでは済まないだろう。その町に住めなくなる事情かなにかあって、集団移住したとかいう話だろうか。


「ああ、あれは情報売りですよ。旅人や行商などから各地の面白そうな情報を仕入れ、街頭で聞かせて日銭を稼ぐ者たちです。まあ、真偽のほどは確かめようもないですし、面白おかしく娯楽として聞く人も多いですよ」


物珍しそうに見ていたクロードにヘルマンが説明する。

他にも奇妙な商売をしている者、屋台の食べ物、露店の品物など興味を引く対象がたくさんあり、後で時間ができたら、オルフィリアと二人で見て回りたいと思った。


一つ目の壁を越えると街の雰囲気がまた変わった。

何かを製作する音や金属音。何かが燃える焦げ臭い匂いと煙がどこか漂っている気がした。人通りは少なく、買い付けの商人や客がちらほら目につくだけだ。

この一角に住むのは、手工業を営む者が多いらしい。

刀剣工等の武器鍛冶工、皮鞣職人、家具木工などの工業的なものから、食肉の加工やパン焼きなど人々の生活に根ざした品々を作る工房まで、様々な建物が軒を並べている。

金槌の絵が描かれている看板を見て、曲げてしまった長剣と無理やり押し込めたことで歪んでしまった鞘を思い出してしまった。後で直しに来なければ。


そうして暫く進むと次の壁が姿を現した。

先ほどの壁より古く、一回りくらい低い。

門の跡と思われる入り口を越えると、洋画のセットの様な美しい街並みが広がっていた。木組みの家屋や店舗、古い石畳。道行く人もどこか先ほどまでと違い、落ち着き、穏やかに見えた。


それにしても壁を一つ越えると街の様子がガラリと変わるのが面白い。






 

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