第28話 精霊

馬に乗った野盗が五人、大きく左に曲がった街道の先から姿を現した。

野盗たちは全速力で、荷馬車の方に向かってくる。

五人揃ってきたところを見ると、荷馬車とアルバンが始末した二人に何らかの異変があったことを彼らが察していると考えられた。

そして、獲物を逃す気はないという意思の表れに違いない。


辺りはすでに薄暗く、見渡す限り他の旅人もいない。

レーム商会が出発する前に出た他の旅人は無事だったのだろうか。


「私に任せて」


オルフィリアは馬から降りて、目を閉じ、何かを唱えだした。

普段話している言語とは違う神秘的な響きがあった。

彼女が出会ったばかりの頃、使っていた森の民の言葉だろう。


野盗たちの姿がはっきりわかるほど近づいてきた。


『闇よ。闇の帳の主よ。彼の者らの視覚を奪え』


オルフィリアの目の前に黒い靄のようなものが現れ、狼のような形になった。

次の瞬間、野盗たちと馬の顔を同じような黒い靄が包み込んだ。

馬たちは激しいいななきを上げ、馬上の野盗たちを振り落とそうとする。野盗たちは動揺し、次々と落馬した。身軽になった馬たちは方々に逃げ去ってしまった。

黒い靄の出現はほんの短い時間だけだったが効果は覿面だった。

この世界に来てはじめて魔法を見たが、これが精霊魔法というものだろうか。

もっと詳しく、オルフィリアに聞いてみたかったが、今は戦いに集中しなくてはならない。


全速力の騎乗中に突然大地に激しく打ち付けられることになった野盗たちは、起き上がることができず、悶え苦しんでいる。


「貴様ら野盗の類だろ。大人しくしていれば自警団に突き出すだけで勘弁してやる。武器を捨てろ」


アルバンの呼び掛けに野盗たちは、耳を貸すつもりなどないらしく、苦悶の表情を浮かべながら立ち上がろうとする。

三人は何とか立ち上がり、残りの二人は打ち所が打ち所が悪かったのかなかなか起き上がれない。


「どうせ捕まれば死罪なんだ。とことんまでやってやる。てめえら腹をくくれ」


一味の頭目らしき男が仲間たちを鼓舞する。それぞれの得物を構え、


アルバンは馬から降りると腰の短刀を抜き放ち、構える。


「おい、クロード。何人やれそうだ」


アルバンの答えに何と答えればいいか困る。

人間相手に戦った経験はノトンの町で絡まれたゴルツただ一人なのだ。


「ゴルツより弱いのであれば自分一人で五人いけるかも」


クロードは自信なさげに答え、前に出る。

スキル≪危険察知≫により、目の前の野盗たちから憎悪や悪意のようなものを感じ取っていながらも、危険や脅威は感じていなかった。


野盗の一人が手斧を振り上げ迫ってくる。

クロードは一瞬で距離を詰め、振り下ろす前の手首を掴み、強く握る。

野盗は苦悶の表情を浮かべ、手斧を落とした。

そのまま掴んだ腕を力任せに、背中側に捻り上げる。

技術とかではない。刑事ドラマで見たことがある感じの動きを腕力に物を言わせて、再現したみた。


「助けてくれ」


苦しそうな野盗の声に仲間たちが動き出す。


一味の頭目と思しき野盗に向かって、先ほどの捕まえた野盗を全力で突き飛ばす。

二人の身体は、派手に衝突し、地面に倒れた。

立ち上がった三人の内の最後の一人は、ほとんど戦意を喪失していたが、短刀を構え、奇妙な叫び声をあげて、右のわき腹目指して突進してきた。

クロードは余裕をもって躱すと、やりすぎてしまわないように、かなり加減して右の拳骨を頭に振り下ろした。

ゴブリンの時のように砕け散られては困る。

野盗は、上からの衝撃で地べたに顔面を打ち付け、動かなくなった。

立ち上がれなかった二人は、恭順を示し武器を放り投げた。


アルバンは全員の武器を取り上げると、荷馬車に積んであった策具を使い、器用に拘束した。両腕と上半身をきつく縛り上げ、五人を数珠つなぎにした。





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