第26話 野営
昼食を食べ終えた後、しばしの休息を取り、一行は再び移動を始めた。
休息場から次の休息場へ。
街道は、ところどころ轍があり、大きく窪んでいる箇所やぬかるみに車輪がはまりこむと荷馬車は立ち往生してしまう。そこにいる全員が集まり、荷馬車を押して脱出させなければならないのだが、ここでようやくクロードの膂力が役に立った。
御者二人とヘルマンが三人がかりでも動かない荷馬車をクロードが一人で轍から押し出してしまったのだ。この細い身体のどこにこんな力があるのかとヘルマン達は目を丸くして驚き、アルバンも口笛を吹いて感嘆した。
クロードはこれまでのところ何の役にも立ててなかったので、ようやく面目が保てた気がした。これ以降、轍からの脱出はクロードの役割となり、逐一荷馬車を降りて全員で集まる必要が無くなったので、旅はより順調になった。
昼食をとった休息場から二つ先の休息場で初日の移動を終えることにした。
レーム商会の一行は、休息場の広場の端で夜営の準備に取り掛かった。
荷馬車と荷馬車の間に厚い布と紐で天幕を作り、手頃な石を並べ、枯れ木や落ち葉などを使い焚火をおこす。荷馬車から大きな鍋と食材を取り出し、食事の支度をする。
レーム商会の人達は各自役割が決まっているかのように無駄なく野営の準備を進めていく。クロードとオルフィリアは商会の人達の指示に従い野営の準備を手伝い、アルバンは周囲に危険がないか確認をすることになった。
休息場には自分たちの他にも野営の準備をする者がいた。
荷馬車を連れた商人らしき一行、二人連れの旅人、少し離れたところにも誰かいる。
おそらくここの休息場は、ノトンから王都に旅をする人にとっては夜を過ごすのに丁度良い距離なのであろう。
野営の準備をしていると辺りはあっという間に暗くなった。
元の世界では、外灯や街の明かりが絶えず身近にあったので、夜の暗さをここまで感じることはなかった。焚火の明かりがなければ途方に暮れてしまいそうな闇である。
それでもあの初めて彷徨った夜の森で感じた寂しさに比べれば、今は傍らにオルフィリアがおり、周囲に人がいる。孤独でないことのありがたさを嚙み締めずにはいられなかった。
食事が出来上がると皆は焚火を中心に座り、配られた食事をそれぞれ食べ始めた。
芋の入った薄いシチューのような汁物とこぶし大の黒いパン、乳を固めて作ったチーズのようなもの。汁物の味付けは、水っぽく、かすかに塩味が付いている程度だったが、屋外で温かい食事がとれるだけ贅沢というものなのだろう。胃袋に温かいものが入るだけで心が安らぐ。
正直量は全然足りなかったが、限られた食料で遣り繰りしなければならないであろうから我慢することにした。
「おい、兄ちゃん。このパンはこうして汁物に浸してふやかして食べるんだ。歯がボロボロになっちまうぞ」
正面に座っていた御者の男が親切に教えてくれた。自分の口を大きく開き、歯を指さす。パンで悪くしたわけではないだろうが、確かに男の歯はところどころ抜け落ちており、歯並びも悪かった。
その様子を見ていた一同が笑いに包まれる。
クロードにしてみれば、それほど食べるのが困難な硬さではなかったが、素直に言うことを聞くことにした。
食事が終わるとヘルマンは楽器を取り出し、一曲披露してくれた。
楽器は果実を半割にしたような形の弦楽器だった。
速いリズムで、おどけたような仕草で弦を爪弾く。
ヘルマンの故郷に伝わる民謡のようなものだそうだ。ヘルマンは歌がうまく、彼の明るい人柄とこの陽気な曲はとてもよく合っているように思えた。御者の一人が立上り、音楽に合わせて踊りだす。
やがて温めた葡萄酒が振舞われ、アルバン以外の全員がご馳走になった。
意外なことにアルバンは仕事中に酒を飲まない流儀らしく固辞した。
皆の喝采に調子にのったヘルマンが三曲目を引き終えるころ、クロードは妙な気配、あるいは視線のようなものを感じ取った。
何かすぐに危険が迫るという感じではない。じっとこちらの様子を窺うような気配。
緩んでいた表情が一気に引き締まる。
右隣に腰を下ろしていたアルバンが何かあったのかと小声で尋ねてきた。
クロードは自分が感じたありのままをアルバンに説明する。
「そのまま気が付かない振りをしてるんだ。俺も気に留めておく」
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