第21話 進路

夕方、『幸運の枝』亭に戻るとオルフィリアが先に帰ってきていた。

父親の消息につながるような情報は得られなかったようで、少し落胆の色が見えた。


クロードは気付かないふりをして、買ってもらった服を見せる。

彼女の表情が少しほころんだのを確認して、ギルドでの男性職員とのやり取りを報告した。

彼女の前で、和解金の入った革袋を開ける。

この世界の貨幣の価値が全く分からなかったので、オルフィリアに尋ねた。

銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚と同じ価値。

銅貨一枚で一食分のパンが買える。

銀貨一枚で良い宿に一泊できる。

金貨一枚で良馬一頭が買える。

元にいた世界でいえば、銅貨は百円、銀貨は一万円、金貨は百万円といったところか。厳密には違うのだろうが、自分が考える物差しになればと思う。


貨幣の価値に関する話がひと段落したところで、クロードは話を切り出してみた。


「王都に行ってみないか」


もともとノトンの町には立ち寄っただけだ。冒険者ギルドに登録するという目的も果たした。ここでしばらく路銀を稼ぎながら、この世界に慣れるというのもいいかもしれないが、王都はノトンより充実した蔵書があるというギルド職員の話も気になるところだった。

もちろん、王都に行ったからといって必ずしも謎のスキルや元の世界への帰還方法にについての情報が得られる保証はない。しかし、王都であればギルド以外の施設も充実しているであろうし、人の往来も多いことだろう。

オルフィリアの父に繋がる情報も得られやすいのではないか。


「私も同じことを考えていたわ。そこでいい考えがあるの」


意外なことに、オルフィリアも王都行きを検討していたらしい。

彼女の考えは、ノトンの町から王都への護衛依頼を受け、そのまま王都に活動拠点を移すというものだった。

ノトンは街道沿いにある王都と城塞都市コロニアの中継地点なので旅人が護衛依頼を出すことが良くあるらしい。特にノトンは毛織物、麻布、果実などの特産品がたくさんあることから商人の護衛依頼も多い。


「もっとも丁度良い護衛依頼がなければ、この話は無しよ。その時は、危険が少なくて実入りが多い仕事をこなしながら、チャンスを待ちましょう」


ようやく彼女の声に明るさが戻ってきたので、部屋を出て、隣の食堂で食事をとることを提案した。

なにせ思わぬ臨時収入が入ったのだ。

思いっきり食べるぞ。


彼女を急かし、食堂に行くと客で賑わっていた。

手頃な空きテーブルを見つけると、彼女と二人で陣取った。

昨日の威勢のいい給仕とは別の給仕に声をかけると料理を注文した。

オルフィリアは、野草と芋に少しの肉が入った煮込み料理とパン、そしてワクラム水。

クロードは、ワイルドボアの後ろ足の丸焼き、ガーガー鳥の詰め物料理、オルフィリアと同じ煮込み料理、大盛りのサラダ、パン三個、デザートに果実の盛り合わせを頼んだ。


「ちょっと、そんなに食べれるの?」


オルフィリアは瞳を大きく見開き、驚きの声を上げる。


後は何といっても久しぶりのお酒だ。

給仕に聞いてみると麦酒、葡萄酒、それにイモ類から作る蒸留酒があるとのこと。

麦酒、葡萄酒、蒸留酒をそれぞれ一杯ずつ頼む。

何はともあれ試しだ。

お金ならある。


しばらく待つと次々料理が運ばれてきて、テーブルがいっぱいになる。

他の客の視線が少し気になるが、とにかく空腹だった。

元の世界にいたときは、こんなに食べることはできなかったが、この世界に来てからはいくら食べても食欲は尽きない。

身体が食べ物を欲してやまない。


「森の神の恵みに感謝します」


クロードが急いで食事前の祈りをすると、オルフィリアは苦笑いをしながら彼に倣った。


クロードは目の前にあるワイルドボアの後ろ足の丸焼きを肉をさばくための刃物を使って、食べやすい大きさに切り、次々と頬張っていく。

豚肉と比べると野生独特の癖がある脂の旨味が口中に広がる。

肉は固めだが、この弾力がたまらない。肉を食べているのだという醍醐味を感じる。

ガーガー鳥の詰め物料理は、前にも食べたが安定のおいしさだ。旨味を吸った穀物が詰め込まれていて、柔らかい鳥の肉と一緒に口の中に放り込めば、広がるハーモニーだ。オルフィリアが頼んでいたものと同じ煮込み料理はあっさりしていて食べやすかったが少し物足りなかったので、詰め物料理を少し崩して投入すると好みの味になった。

そして念願だった、この世界の酒たちである。

麦酒は、正直冷えていてほしかったが、深いコクと旨味が料理の味を引き立てる。食中酒に適していると思った。料理を食べ、喉が詰まりそうになったら麦酒で流し込む。

葡萄酒はワイルドボアの癖の強い脂とよく合った。芳醇な果実味と渋みは、元の世界で飲んだワインよりも強く、力強かった。

クロードは麦酒よりも葡萄酒が気に入ったので、お代わりを頼む。

気が付くと料理を食べつくしてしまっていた。

最後の締めに、果物の盛り合わせをつまみながら、蒸留酒を試してみる。

焼酎を割らずに飲んだような強いアルコールの香りと味が口中に広がる。

これはこれで悪くないが水で割ったほうがうまいと思った。

ワクラム水を頼み、蒸留酒と混ぜて飲み干す。

最高にうまかった。満足した。感動した。

クロードは異様に膨れ上がった腹部をさすった。


気が付くと周りの客たちとオルフィリアが信じられないものを見たという顔をしながら、固まっていた。

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