第18話 荒事
ゴルツの後をついていくと、ギルドの裏には広いスペースがあり、訓練のための器具や木製の訓練用武器などが整理され置かれていた。敷地内には、動物か何かを解体する場所もあり、血と汗と肉が腐ったような特有のにおいが微かに漂っていた。
集まってきたやじ馬は二人を囲むように、それぞれの見やすい場所に陣取り始めた。
オルフィリアのとなりにはギルドの男性職員もいた。
「逃げずに来たのは、褒めてやる。ここには訓練用の木剣もあるが、実践訓練ということで、それぞれ手持ちの武器でいいよなぁ」
ゴルツは目をむき、背中に背負っていた大剣を鞘から抜き放つ。
どうやら怪我無しで済ませる気はないらしい。
ゴルツの全身からは強い敵意のようなものを感じる。「父親の名前」と引き換えに得た≪危険察知≫の効果だろうか。意識を集中するとやじ馬たちがそれぞれどこにいて、どんな動きをしているかも分かった。ゴルツ以外の人間からは悪意を感じない。ゴルツの仲間がいるかもしれないので、周囲にも気が抜けない。
クロードも無言で長剣を鞘から抜く。
「おい、お前らぁ、こいつはあくまでも実戦を教えるための訓練だ。こいつが死んでも、ちゃんとそう証言するんだぞ」
やじ馬たちに大声でおおげさに呼びかける。
「それじゃあ、訓練開始だぁ」
大剣を振りかぶり、クロードの左肩めがけて振り下ろす。
普段であれば、この一撃ですべてが終わるはずだった。
やじ馬たちもゴルツの勝利による決着を確信していた。
しかし、振り下ろした先にクロードはいなかった。
クロードには、ゴルツの動きが完全に見えていた。
大上段からの左肩を狙った袈裟切り。ゴルツ自身の力に遠心力が加わった大剣の一撃は当たれば、ただでは済まない威力があることは容易に想像できた。
しかし、それは当たればである。
あの森で遭遇した狼と比べれば、ゴルツは格段に遅かった。
その大剣が描く軌跡をじっくり観察する余裕がある。
大剣の一撃を、剣で受け止めるのは得策ではない。
右に大股で一歩分の距離を移動し、避ける。
大剣は、虚しく空を裂き、轟音を立てて地面に突き刺さる。
ゴルツはクロードの位置を一瞬見失ったらしく、慌てて目を剝く。
クロードはゴルツの左側面から長剣の一撃を振り下ろす。
シンプルに真直ぐ。大剣を持つゴルツの両腕めがけて。
もし、剣の心得がある者がその一撃を見たなら、剣術とは程遠い、素人のそれだとわかっただろう。
力任せに。
ただし、異常な速度と威力で。
猛獣の唸り声のようなゴルツの絶叫が辺りに響き渡る。
骨ごと断ち切られたゴルツの両腕は彼の愛用の大剣とともに地面に落ちていた。
その切断面は荒く、牛刀や斧のようなもので力任せに骨ごと切り離したかのようだった。
「しんじられねえ、何が起こったんだ。俺の腕がぁ」
ゴルツは茫然と自分の両腕であったものを悲しそうな瞳で見ていた。
茫然としていたやじ馬たちも我に返ったように歓声を上げる。
「何が起きたんだ?全く見えなかったぞ」
「やりやがった、あの野郎。カトンボみたいな体つきしてからに」
「ゴルツの奴いい気味だ。スカッとしたぜ」
「俺は、あのガキが勝つと思っていたぜ」
「じゃあなんで、あのガキにかけてねぇんだよ」
放心のゴルツをよそに、やじ馬たちは大盛り上がりだった。
クロードの手には切ったというより、棒か何かで殴ったような感触が残っていた。
人生で初めて人に大けがをさせてしまったからか、ゴルツの悶絶する姿を見ても気は晴れなかった。
それどころか暗鬱とした後味の悪さが心の底に残った。
よく見れば安物の長剣が少し曲がってしまっている。
無理やり鞘に押し込めると、なんとか入った。
今ので鞘も少し壊れてしまったかもしれない。
クロードは、ギルドの男性職員のもとに駆け寄り。
「急いで止血とかしないとたぶん、あの人死んじゃいますよ。嫌な奴だけど、死なれると気分悪いんで、後始末お願いできますか?」
男性職員は我に返り、近くの何人かに声をかけて、介抱に向かう。
そんな様子を眺めているとオルフィリアが抱き着いてきた。
「心配したのよ。本当に、殺されると思った」
彼女の深い青色の瞳は涙で潤んでいた。
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