第17話 無法
冒険者ギルドの登録証は、二、三日後に発行されるとのことだったので、紙製の仮登録証明書とギルドの規約が書かれた薄い冊子を受け取り、部屋を出た。
仮登録証でも依頼を受けれるとのことだったので、掲示板の依頼を二人で物色してみる。依頼の内容は、薬草や鉱石などの物品の納入、ゴブリン等の魔物の討伐、旅人の護衛といったものから、大工仕事や家事の手伝いのようなものまで多岐にわたるようだ。
どの依頼を受けるかはオルフィリアに決めてもらうつもりだった。
この世界の常識が欠落している自分ではまともな判断などできるとは思えなかったのだ。
そうして二人で掲示板を眺めていると誰かが声をかけてきた。
「おい、そこのお前。エルフだな。しかもかわいい娘じゃないか」
男は値踏みするような目でオルフィリアを上から下まで嘗め回すように見た。
男は総髪で体格が良く、筋骨隆々だった。日焼けして褐色の肌は脂ぎって、黒光りしている。
男は目立つ大剣を背負い、大股で近づいて来る。
あんなにかさばる大剣を普段から持ち歩くとか疲れるし、見苦しいことこの上ないと思うが、己の強さを誇示する意味もあるのだろうか。
「おい、お前、無視するな。見たところ新人のようだが、エルフなら魔法使えるんだろう。今ちょうどパーティに空きがあるから、入れてやる。こっちにこい」
男は強引にオルフィリアの腕を掴み、強引に引き寄せようとする。
オルフィリアの顔が苦痛にゆがむ。
「おい、彼女から手を放せ」
男の手首を掴み、軽く力を入れる。
男は短くうめき声をあげた。
苦悶の表情を浮かべ、オルフィリアを掴んでいた手を離す。
「貴様、俺が誰だかわかっているのか」
男は、手首を抑え、顔を苦痛にゆがませながら睨みつけてくる。
揉め事の気配を感じたのか、受付の女性と先ほどの小太りの男性職員が慌てて出てくる。建物内の冒険者たちも遠巻きに様子を見に集まってきた。
「ゴルツ様、おやめください。ギルド内の揉め事は禁止ですよ」
受付の女性がなだめるように言う。
「揉めてんじゃねえよ。お前らがいつまで待ってもメンバー見つけて来ないから、わざわざ自分で勧誘してるんじゃねえか」
ゴルツと呼ばれた男は、受付の女性を露骨に威嚇した。
「オルフィリア、行こう」
彼女と二人その場から去ろうとすると、ゴルツが気付き、眼前に立ちはだかった。
「てめえ、その女を置いていけ。その女はうちのパーティに入るんだからな。お前も荷物持ちとしてなら連れて行ってやってもいいぞ」
冒険者という存在の実像が目の前にいるこの男だと思うとため息が出た。
実力主義といえば聞こえはいいが、こういった力自慢の無法者が好き放題やっているだけ。自分がいた世界にも粗暴な輩がいたが、刑罰と社会的な制裁を受けるのを恐れて、実力行使してくることは非常にまれだった。
ここは現代の日本とは違うのだ。どの程度の法治がなされているのかわからないが、こういった人間が野放しの時点で察しが付く。
だいたい本人の意思は無視して、強引に加入させたところでうまくいくと思っているのであろうか。
仲間にするというよりは手下にする感覚に近いのかもしれない。
「断る。邪魔だからそこをどけ」
以前の自分であればこんな言い方をしなかっただろう。
ゴルツという男は外見でいえば自分より強そうだし、何よりこの手の輩と関わり合いになるのは避けたいところだ。
しかしオルフィリアに乱暴な態度をとったことを含めてもこのゴルツという男が
許せなかった。
「この建物の裏には訓練場がある。そこで白黒つけようじゃねえか。負けたらお前は去り、その女はパーティに入る。訓練中の自己なら怪我させても問題にはならない。あくまで訓練だからな。どうだ? やるのか? この腰抜け野郎」
黄ばんだ歯をむき出しにして挑発してくる。
こちらには何のメリットもない話だ馬鹿げてる。
「挑発に乗ってはだめよ。無視していきましょう」
オルフィリアは心配そうな様子で出入口へ促そうとする。
ここで逃げてもゴルツが彼女をあきらめるとは思えなかったし、しつこく付きまとわれるのも面倒だ。
他の冒険者たちの目もある。
今後、冒険者としてやっていくなら、逃げるわけにはいかない気がした。
自分の力が冒険者としてどの程度なのか、このゴルツという男で測ってみよう。
「いいよ、相手になってやる。その代わり俺に負けたら、二度と俺たちに関わるな」
自分でも覚えのない高揚感が心の中を満たしていた。
自分にこんな一面があったことに驚きだった。
「あいつ、大旋風のゴルツさんの喧嘩買いやがった」
「かわいそうに半殺しにされるぞ、相手が悪すぎる」
「おい、どっちにかける? 」
「バカ、賭けにならねえよ」
集まってきたやじ馬たちが口々に騒ぎ始めた。
「いい度胸だ、小僧。おい、訓練場借りるぞ」
ゴルツは男性職員の胸を邪魔だとばかりにドンと押すと、建物奥の裏庭に出る扉から出ていった。
周りの反応を見ると、どうやらこのゴルツという奴はかなりの手練れで、一目置かれているようだった。
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