第11話 懇願

「なんでこんなに良くしてくれるのかな?」


向かい合って寝具に腰を下ろすと、この数日聞きたかったことを聞いてみた。


オルフィリアはじっと俺の目を見ると、少しの沈黙の後、言葉を選ぶように少しずつ答えてくれた。


「私、心細かったのよ。はじめて一人で故郷の森を出て、これから自分には外の世界が待っているって浮かれてはしゃいでいたの。でも理想と現実は違ってた。森を出て少しの間にいろいろなことがあった。本当にいろいろなことがあったの。生まれ育った深き森と違って、すべてが違ってた。私は周りの大人たちや精霊、森、ありとあらゆるものに守られていたんだなって」 


オルフィリアは浮かべた涙をぬぐいながら、続けた。


「あなたと初めて会った時もそう。強がっていたけど、ゴブリンの鳴子の罠に引っかかってしまって、追い立てられてどうしようもなく追い詰められていたの。最悪の場合もあるかなって思っていたわ。その時あなたが表れて、あまりに異様な様子だったから、違う化け物まで現れたって目の前が真っ暗になった」


彼女は思わず笑いだした。


「でも、私がどうにもできなかったあのゴブリンたちをあっという間に追い払ってくれて、本当に助かったのよ。何が起きたのかわからないくらい速くて、強かった。あなたと出会ってからは一瞬だって不安を感じなかったわ。心強かった」


彼女は身を乗り出すと、俺の手を取った。


「私と一緒に冒険者になってくれない?」


突拍子もない申し出に思わず戸惑ってしまった。


冒険者。


冒険する者。


冒険して生計を立てる者。


小説やゲームでは、命の危険のある依頼仕事、廃坑や廃墟の探索、兇暴なモンスターの討伐したりして、生活資金や名声を得る仕事だったと思う。


要するに危険有りで高給狙いのフリーターってことだ。


「なんで冒険者なの?」


オルフィリアはどう見ても、そういう危険な仕事が似合うとは思えない。

きちんと正装してれば貴族の令嬢にだって見える。

RPGでいえば最初の方に出てくるザコ敵に襲われて命の危険を感じるほどだ。

帰れるなら無理しないで、故郷に帰った方がいいとさえ思った。


「父は冒険者だったの。父はエルフの中でも変わり者と言われてて、人間の仲間たちと『深緑の導き手』というパーティを組んで遺跡や古代文明の探索と研究していたの。旅先から手紙くれたり、定期的に里帰りしたりして冒険で起こった様々なことを教えてくれたわ。火の起こし方や寝床の確保、冒険に必要な知識も父から教わったの。人間の町にも何度も連れて行ってもらったのよ」


突然、彼女の表情が曇った。


「その父から突然、連絡が途絶えたの。もう2年になるわ。何かあったに違いない。いてもたってもいられなくて故郷の森を出た。族長をはじめ、村の全員が反対したわ。外の世界は危険だと。でも、お父さんを探したいの。お父さんと同じ冒険者をやっていれば、きっと手がかりが見つかる気がするの」


彼女の形のいい薄紅色の唇は微かに震えていた。


「お願い。私と一緒に冒険者になってください」


彼女の表情は真剣だった。


もともとこれから先の予定は無い。

それどころか無一文で明日の生活の糧すら得られるあてはない。

彼女にはたくさんの恩があるし、彼女のお父さんの手がかりも見つけてあげたい。


この世界には伝手もコネも、元手もない。

自分に務まるかわからないが、『冒険者』という仕事をやってみる価値はあるように思えた。元の世界に戻るには、自分の身に起きたことを把握し、この世界のことを知る必要がある。冒険者なら普通の人が知らない情報を得られるかもしれない。

小説の主人公みたいにはいかないかもしれないが、物は試しだ。


「いいよ。やってみよう」


そう答えた俺に、おもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃいで抱き着いてきた。

ベッドの上で、お互いの目を見ると何とも微妙な空気になり、慌てて離れた。


「ごめんなさい。はしゃぎ過ぎたわ」


オルフィリアは申し訳なさそうに謝罪した。

そのタイミングでクロードの腹の虫が鳴り、思わず二人で笑った。

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