第10話 街並

ノトンは思ったより大きな町だった。

オルフィリアの話では、王都と各地の都市の間は街道でつながっており、街道にはノトンのような宿場の役割を持った町がたくさんあるらしい。

彼女の話でわかったのは、この国は王政が布かれており、中世以降くらいの文明があるということ。

街道を通じて、人々の往来があること。

そして、ここは日本ではなく、地球上のどこでもないということ。


「本当にここは日本じゃないんだな」


町の入り口には、門番らしき男が立っていて暇そうにしている。

二人が近づいて来ることに気が付くと慌てて、壁に立てかけていた槍を手に取った。


「エルフ族か、珍しいな。どこから来た?」


「森の集落から出てきたばかりなの。身の証を立てる物は、部族の割符しかないわ」


罪人の手配書か何かだろうか。

門番の男は人相書きのようなものが書かれている帳面をパラパラとめくりながら、

二人の顔を交互に見る。


オルフィリアが木製の板のようなものを門番に差し出す。

門番は、別の帳面に割符に刻まれた刻印を書き写すと、俺の方に視線を向けた。


「で、こいつは何だ。墓場の幽鬼みたいな顔して。男か女か?」


「森で追いはぎに遭ったみたいで不憫だったので保護したのよ。荷物も衣類さえも奪われて、身の証を立てる物は何もないわ。頭を強く打ったみたいで記憶喪失みたいなの」


「そうか、かわいそうにな。ここいらも最近物騒になってきたもんだ。町を出入りするなら、何かしらかの組合や役場に行って、身分を証明できるように手続した方がいいぞ」


門番は怖そうな外見に似合わず話好きで、とても親切にしてくれた。

希望を持て、絶望するんじゃない。生きてればいいことがあるさと励ましてくれた。

おすすめの宿や食堂など他にも役立ちそうな情報もあれこれ教えてくれた。


ノトンの町はその規模の割には往来に人も多く、賑わっていた。

中世の街並みを模したテーマパークのようだった。

石造りで、日本とは少し違う茅葺の建物が多い。

平家がほとんどだが、二階建てもある。

道は敷石で舗装されており、比較的綺麗だった。


「まずは、あなたの服を買いましょう。その恰好で動き回るのは目立ちすぎる」


確かに道行く人々は、女物の服を着たやせっぽちの異邦人を訝しげな顔つきで様子を窺い、目が合うとそそくさといなくなってしまう。


彼女に促されるまま、仕立て屋を見つけ、服を買ってもらうことにした。


「何から何まですまない。必ず働いて返すよ」


「気にしないで。あなたには借りがあるんだから」

仕立て屋は、大きな通りから少し入り込んだ路地にあった。

こじんまりとしていたが店のたたずまいは品が良く、清潔そうだった。

オルフィリアは、店の人に細かくなにかを注文すると、楽しそうに生地を物色した。

店の奥から初老くらいの男が出てきて、服を脱ぐように言われた。

採寸をしてくれるようだ。


「長年、たくさんの男の身体を見てきたが、こんなのは初めて見た。痩せて貧相に見えるが、全身しっかり筋肉がついている。無駄な脂がない。どんな暮らしをしていれば、こんな体になるのか」


男は興味深げに、あちこち触りながら、採寸し、メモを取る。


何とも答えようがなかったので無言を貫く。


「気に障ったなら謝るよ。少し力を入れてみてくれんか。ゆとりをみたい」


言われるがまま力を入れてみる。


「ふむ、やはり。少し大きめに作らないと動きにくいだろうな」


初老の男は、自分の仕事に没頭し始めたのか、独り言のように呟きながら採寸を続けた。本当は、この世界のことを知るために少し話してみたかったが、ぼろが出るとまずいので我慢した。おそらく不愛想な人間だと思われたかもしれない。


服が出来上がるのは明日になるとのことだったので、店を出て、今晩の宿を探すことにした。


オルフィリアは少し高くてもきれいで安心な宿に泊まりたいとのことで、通りの目立つところにある『幸運の枝』亭という宿屋を選んだ。

『幸運の枝』亭は町の出入口にいた門番から聞いたおすすめの宿の中の一つだった。

オルフィリアは、宿代の節約と今後のことを色々話し合いたいという理由で、二人用の部屋を7泊、前金払いで借りた。


男女が同じ部屋に泊まるのはさすがにまずいと思ったが、無一文の金無しは黙って彼女の選択に従うことにした。


『幸運の枝』亭の主人は、明るく気さくな人で、宿帳の記入を済ませると、彼女の荷物を部屋まで運んでくれた。


そして、隣の建物では食堂を娘夫婦がやっているので、食事の際にはぜひと勧めてくれた。


案内された部屋は、清潔で程よい広さの部屋に寝具が二つ。

テーブルや椅子も備えてけられていた。


先ほどの仕立て屋もオーダーメイドだったし、この宿も下手なビジネスホテルより上等であるように思えた。


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