第7話 忘却
見ると少し離れた場所に矢が落ちていた。
矢には石を削って作ったらしい鋭利な矢じりが付いていたが、矢が当たったところは少し赤くなっているだけだった。
何も身に着けていない生身の皮膚に当たって、矢が刺さらなかったことに矢を放ったゴブリンは身じろぎした。
その小鬼のような外見をした生き物は、互いに何かをまくしたてながら、少しずつ間合いを狭めてくる。
傍らに手ごろな長さの流木が落ちていることに気付き、手に取り、ゴブリンを必死にけん制した。
流木は片手で握りやすい太さで、長さは野球のバットぐらいだった。
武器など持ったこともないがとにかく得体のしれないこいつらを近づけてはならない。
流木を必死で振り回す。
異変を察知したのか、外国人女性も、ゴブリンたちも一斉にこちらを向く。
完全に傍観者でいるわけにはいかなくなってしまった。
やがて相手も焦れたのか、一回り大柄なゴブリンが合図をし、矢を放つと他の3匹がそれぞれの得物を手に一斉に飛びかかってきた。
矢は、「ゆっくり」と自分の顔めがけて飛んでくる。
不思議だ、矢ってこんなに遅いのか。
その気になれば、手でつかめそうだと思い、掴んでみた。
矢を放ったリーダー格と思しきゴブリンは、激しく動揺し、体を揺らした。
「ゆっくり」なのは、矢だけではない。
迫ってくるゴブリンたちの動きが良く見える。
右方向から迫ってくる手斧を持ったゴブリンの頭部に流木を叩きつける。
ゴブリンの頭部は歪な形に変形し、どす黒い血が噴き出す。
短刀を持っていた別のゴブリンがわき腹を突こうとしてくる。
しかし、その短刀が触れるより速く流木のフルスイングが、ゴブリンの横っ面を薙ぐ。
派手な音をたてて、ゴブリンの首がへし折れる。
見ると流木も半ばで折れてしまっている。
もう一匹は跳躍し、こん棒で殴りつけようとしていたので流木をあきらめ、カウンター気味に右の拳を顔面にたたきつける。
鈍い音とともに顔面が陥没した。
この生き物は思ったより非力で脆いようだ。
女性と馬を囲んでいたうちの2匹が近づいてくる。
足元に落ちていた石を拾い、向かってくるゴブリンめがけて投げてみる。
石は、ゴブリンの胴体に命中し、鈍い音を立てて貫通した。
隣に立っていたゴブリンは驚き、腰を抜かしてしまったようだ。
「嘘だろ」
自分で投げた石の速度に、投げた自分が驚いてしまった。
この異形の生物がやわらかいとかいう問題ではない気がした。
リーダー格のゴブリンは、甲高く叫び声をあげると、怖気づいたのか、弓を投げ捨てて、必死の形相で逃げていった。
他のゴブリンたちも仲間の仇討ちよりも逃走を選択したようだった。
ラッパを吹きならし、散り散りになって森へ消えていった。
突然、頭の中に膨大な文字列が滝のように流れ、捻じれ、違う言語に変化し、浮かび上がった。
先ほども見たイメージだ。
先ほどと異なるのがひらがな、漢字、アルファベット、数字だけでなく、その後出現した文字も理解できるようになっていたのだ。
名前:
恩寵:3
種族:人間
筋力 - 121
敏捷力 - 121
耐久力 - 121
知覚 - 121
魔力 - 121
魅力 - 5(35)
≪スキル≫
異世界間不等価変換(ガイア→ルオ・ノタル)、頑健LV5、五感強化LV5、多種族言語理解LV5
よくゲームで見るステータスというやつだった。
比較の対象がないので、このパラメーターが高いのか低いのかわからないが他の能力値に比べて、魅力が著しく低いのは悲しい。
異世界間不等価変換(ガイア→ルオ・ノタル)というのは意味が全く分からない。
頑健や五感強化というのは言葉通りの意味だろうか。
変な物を食べても腹を壊さなかったり、森の中で生存できたのはこれらのスキルのおかげなのかもしれない。
多種族言語理解というやつのおかげで、今頭の中にあるイメージの文字が判別できるようになったのではというのは推測できた。
アルファベットや数字から変換されて、置き換わった文字のようなものは多種族言語の中のどれかなのだろう。
そして今起きている現象はレベルアップなのか。
ゴブリンらしきモンスターの存在、ステータス、レベルアップ。
まるでRPGゲームのようだ。
ゲームは好きだったが、RPGは国民的RPGと呼ばれるような代表的人気作しかやったことはない。
何が起きているのか、ますます混乱したが自分が生きてきた世界とはだいぶ勝手が違うらしい。
『レベルアップを確認しました。異世界間不等価変換を開始します』
無機質な女性の声が頭の中に響く。
『変換に使用する記憶を60ザン以内に選んでください』
脳内に4つの項目が浮かぶ。
①父親の名前
②母親の名前
③2歳時の記憶
④10歳時の記憶
変換とは何を意味するのだろう。
4項目のうち選んだ記憶が何かに変換されるであっているのか。
選んだら、選ばれた項目はどうなってしまうのか。
選ばないとどうなるのか。
「どういうことだよ。説明ぐらいしてくれてもいいだろ」
『60ザン経過しました。回答が得られなかったので、無作為による抽選の結果、父親の名前を変換します。「父親の名前」はスキル≪危機察知LV5≫に変換されました』
無機質な女性の声は一方的に言い放つと静かになった。
60ザンは、あっという間だった。
体感で一分、つまり1ザンは1秒ということか。
無回答だと勝手に決めるとか横暴すぎる。
父親の名前の記憶は、変換とやらをされてどうなってしまったのだろう。
ふと怖くなって父親の名前を頭に思い浮かべようとする。
しかし、父親の名前が出てこない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます