第2話

 師匠も走るほど忙しい師走のころ。


「暇だ」


「そうだな」


 俺らは、『岩沢探偵事務所』という古びた看板の掛けられた家の中で、散らかった部屋のソファーに寝っ転がっていた。


 とても師走とは思えない、気怠い雰囲気が満ち溢れている。


 だが暇な理由は、探偵の仕事がないからではない。なにしろ探偵はただの副業だ。というか、世の中で生きていくための隠れ蓑だ。


 実際、本業が忙しければ探偵の仕事は休業する。


 俺らの本当の職業は、殺し屋だ。


 そして殺し屋が現在暇な理由は主に四つ。


 その一、探偵の依頼がめったに来ない。見ての通り探偵の依頼が来ていない。来ていたらもっと忙しい。


 その二、殺し屋は俺らだけではない。日本だけでも結構たくさんいる。殺しが専門ではないが殺しもやっているという人も入れれば、一万人を軽く超えるだろう。


 その三、殺し屋が年中無休商売繁盛なんて世の中、相当怖い。殺し屋が言うのも何なんだが、世界で一番座敷童がきちゃいけないのは殺し屋の家だろう。


 最も、殺しの仕事は一回の依頼でもらえる金がサラリーマンが一カ月働いて稼ぐ金より遥に多いので、生活に困ったことはないが。


 その四、いくら金と時間があっても、殺し屋が遊び回るというのは油断しすぎだ。


 混んでいる遊園地や暗い映画館は、横から近づかれても気付けないことが多い。


 申し遅れた。俺の名前は岩沢 幹雄。そして、暇だといった張本人は、同居人の小出 信也。彼は性格がころころ変わる。人格をいくつも持ってんじゃないかと思ったこともあったが、記憶は一貫しているのでただ性格が変わっているだけのようだ。


「なあ」


 俺は、信也に声をかけた。


「何だよ?」


 信也は仕事がなくて不機嫌らしく、ぶっきらぼうな返事を返してきた。


「よく考えてみたらさ、俺ら人が殺せなくて暇だって言ってるよね」


「当たり前だ。人殺すのが俺らの仕事だろ」


「相当不謹慎じゃないか」


「そうか?でも俺らが手を汚しているおかげで色々助かってる人結構多いぞ。」


「でもさ、俺らの仕事って、世の中に憎しみや苦しみが増えれば増えるほど儲かるわけじゃん。道徳的に考えてどうなんだろうね」


「お前さ」


 信也が、やや声を荒らげた。


「その道徳に従って、仕事失って飢え死にしたらどうだ?」


 なんて不謹慎なことを言うんだ。飢え死にしろだなんて恐ろしいこと極まりない。まあ殺し屋が言えたことではないが。


「その時はお前もだろブラックハッカー犯罪者のくせに」


「ハッカー舐めるなよ」


 二人の間に沈黙が広がる。


 互いの間で拳を利用した討論が始まるのに、そこまで時間はかからなかった。





 ◇◇◇


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 ラブコメ

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