第3話
「殺しの依頼だ」
いかにも暴力団っぽい人が、入口に立っていた。突然の来客に、俺と信也はすぐさま喧嘩を中断する。
だが俺らも殺し屋の端くれ。この程度の喧嘩見られたぐらいでは動じずに、お客さんをソファーと机に案内した。
信也はお茶を用意するために、素早くポットに水を入れて加熱する。コーっと、暖かい音が若干散らかった室内に広がった。
俺はソファーに座って、暴力団っぽい人の向かいに腰を下ろす。
「で、誰を殺せばいいんですか?」
神様であるお客様に声をかけるときにもっといい言い方があると思うが、俺はそれを知らないし、知ろうと思わない。
暴力団の方も、どうやらそういった礼儀は求めていないらしかった。
「この男だ。ここに、ターゲットに関する資料がまとめてある」
そう言って、持っていたカバンから厚さ三センチはあるファイルを取り出すと、木製の机に置いた。
俺はそれを手に取って、パラパラと眺めてみる。速読は得意だ。
インターネットの長ったらしい利用規約を読む時や、こういう長い書類を読む時には役立つが、正直言って無くても困らない。
パラパラという音が響く中、信也が存在感を消したままお茶を運んできた。
暴力団の人は机に置かれたお茶の存在に、自分が口を付ける瞬間まで気づかなかった。彼は驚いた様子で周囲を見回すと、元々強かった警戒心をさらに強める。
その気配は凡人のそれとは一線を画していた。ただの暴力団員ではないだろうな。
俺は、一分ほどで書類を読み終えると
「報酬は?」
と、聞いた。書類を読むに今回の依頼はかなり厄介だから、まあたっぷり弾んでもらって一千万円程度かなと思っていたら
「前金で一億。成功報酬はこれに加えて一億」
ずいぶん大きく出たな。俺は少し意表を突かれた。
だが数々の修羅場をくくりぬけてきた俺の心臓は、この程度では動じない。しかし、目の前に置かれたカバンの中に入った札束には、さすがに緊張した。
現ナマかよ。警察の取り締まりがきつく羽振りの悪い暴力団が、これほどの金をポンと出せるはずがない。
「あんた何もんだ?そこらのやくざじゃないだろう?」
「某国の、特殊部隊とだけ」
俺は唾を飲み込んだ。政府からの依頼は何件か受けた事があるが、それにしてもここまで法外な価格を示されたのは初めてだ。
男は軽い事務的な会話を終えると、すぐに事務所を去った。
「どんな依頼だったんですか?」
成功報酬の膨大さに意識を飛ばしていた信也は我に返ると、俺に聞いた。
俺はファイルを信也に投げつける。信也はそれをキャッチすると、ファイルのページを開いた。
パラリ、パラリと、音がしている。俺は、信也がさっき淹れたお茶を飲んだ。
しばらくして信也の方を見ると、信也は海よりも青くなっていた。
「大丈夫か?」
俺が信也に聞くと、信也はぎこちない動きて顔をあげた。
「ダイ・・ジョウブ・・デ・・ス」
「絶対大丈夫じゃないな」
俺はそう言って立ち上がり、ポットの水を温めなおすと、カモミールティーを淹れる。
心を落ち着かせるには、これが一番いい。
「本気でやるのか?」
信也が聞いてきた。
何をいまさら言っているんだ。仕事選べるほど、俺ら仕事に溢れてないっつーの。また暇したいのかよ。
ただ信也の言う通り、いくら暇でもこの仕事を受けるのは気が引ける。
だが一億円、成功すれば二億円だ。やらないわけにはいかない。
「やるよ」
俺は、カモミールティーを陶器のティーカップに入れながら答えた。心地よい音がする。
「でもこの人・・」
「ああ。強いだろうね」
今回のターゲットは、世界でも指折りの殺し屋『永逝』だ。
殺し屋の大半は、マーダラー・インクなどの暗殺請負会社に就職している。だが、ほんの一握りの腕利きの殺し屋だけが、フリーでやっていける。
永逝は、そんなフリーの殺し屋の中でも、指折りの殺し屋だ。情報が全く出回っていないが、殺し屋や各国の中枢にいる要人などを数々屠っていると言われている。
この資料によると、巷で囁かれている噂のほとんどが本当らしい。
俺がカモミールティーを机に置くと、信也はソファーに腰掛けて、俺の淹れたカモミールティーをすすった。青かった顔に、ゆっくりと血の気が戻ってくる。
俺もポットを机の上に置くと、自分のティーカップにカモミールティーを注いだ。
「で、この資料に記入されているこいつの現在地。これ本当だと思う?」
信也が、カモミールティーを飲みながら資料の中ほどに記入されている一文を指さした。
『永逝の現在地は京都』
これが本当である可能性は、まあトントンだろう。一応こっちでも調べた方がいいだろうな。
俺はパソコンを開くと、ディープネットで検索ができる検索エンジンを開いた。
サイバー犯罪の十八番だ。信也が
「調べものですか?」
と聞きながらパソコンの画面をのぞき込んでくる。
カタカタとキーボードをたたいて、情報を集める。
横で信也がパソコンに映る情報を見ては、貰った資料と重ね合わせて、頭の中で新しい資料を作っていく。信也の頭の中にはワードが入っているに違いないと断言できるほど、彼は記憶力が高い。
彼の頭の中には、今まで見てきた全資料が入っている。実際、かなりの物知りだ。
プログラミングについても、例文的なソースコードは全て暗記しているらしい。
ざっと三十分調査した結果、信也は、永逝が京都付近に暮らしている可能性は非常に高いという結論を出した。
こいつがそう言って、間違っていたことは俺の知る限りない。
きっとこいつの頭の中には、シミュレーションソフトが入っているのだろう。
彼の頭の中で何が起きているのか、俺には理解できない。ただ、記憶力と集中力が尋常じゃないことは確かだ。もはや化け物の領域に至っている。
「やはり、普通の調査では京都以上の情報は出て来なさそうですね」
「それだけ分かったなら上々だ。何とかなるか?」
「無論。何とかしますよ」
俺が信也に聞くと、信也はにやりと笑う。俺はパソコンを横にスライドして信也にバトンタッチした。
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