第4話
信也はパソコンの前に座ると、アカウントを自分のものに切り替えた。
すさまじいスピードでキーボードを叩いていく。画面が次々と入れ替わり、もはや文字が目で追えない。
「ありました!」
しばらくすると、信也がうれしそうな声をあげた。
「見てください。これ。京都市役所のサーバーをジャックして、住民票から数々の事件を隠蔽することができる立場の人を探して、警察のサーバーから過去にあった銃刀法違反の資料を調べて、過去事件に使われた銃の種類を考えて、(中略)某サイトのサブマシンガン購入履歴に住所が乗ってました!」
パソコンの画面を俺の方に向けて早口でまくし立てた。そこには、京都市内の住所が並んでいて、そのうちの一つが赤く光っていた。
「やはり君は仕事が早いね」
俺がそうほめると
「当たり前ですよ。これぐらいできたほうが、仕事に有利でしょう?」
信也が胸を張った。俺らが組むことになった最大の理由は、暗殺のプロである俺、岩沢と、ハッキングとデータ集積のプロである信也が組めば、仕事がずいぶん楽になるからだ。
信也は、子供のころ独学でハッキングを学んだらしい。
厳しい訓練によって手に入れたその技術力は、世界各国の諜報機関を三十分で叩き潰せるほどだ。
無論、仕事には探偵も、殺しも含まれている。
「ついでに京都行新幹線の切符二枚取っときましたよ。出発は明日の朝です」
信也は気が利く。パソコンに、『京都までのチケットを2枚購入しました。』と違和感のある日本語の画面が表示されている。
購入したサイトは、足のつかない外国にサーバーが置かれているチケット販売サイトだ。俺は信也に「サンキュー」と一言言って、準備のために立ち上がった。
「それじゃあ俺は、調べものしてます」
この探偵事務所は一戸建てで、まず玄関から入ってすぐのところに散らかった事務室がある。
その奥には扉があり、二階に続く階段がある。
一見するとボロい木の扉にしか見えないこの扉は静脈認証になっており、そう簡単には開けられない。
俺は静脈認証の装置に指を置く。小さな機械音と共に、ドアが開いた。
二階に上がると、俺の部屋と信也の部屋に続く二つの扉がある。
俺は、ICカードと顔認証で、部屋の扉を開けた。
俺の部屋は、万が一警察に踏み込まれても問題ないようになっている。
棚と、机、ベッド、そしてクローゼット。
一見すると、何の変哲もない普通の部屋だ。
俺はクローゼットを開けると、喪服とベルトを取り出した。両方とも特注だ。
俺は喪服を着て、ベルトをしめた。そして、ベルトから長い鞭のような剣を取り出す。それを肩にかけるように構える。
この武器はウルミという。柔らかい鉄でできていて、鞭のように振り回して使う強力な武器だ。
俺はウルミに手をかける。秒針が一周回ったタイミングで、練習を開始した。
ヒュッヒュッヒュッと、連続して空気を切る音がする。振り回すと、間合い全体にウルミの刃が展開して、まず近づけなくなる。間合いの短いナイフ使いに対しては非常に有効だ。
しかも細く柔らかいからベルトに隠せるため、持ち運びがしやすい。
それでも、決して切れ味が悪いていうことはなく、水の入ったペットボトルを切断できる切れ味を持つ。まさに最高の武器だ。
俺は部屋を破壊しないように気を使って素振りした後、丁寧に手入れをした。そしてまたベルトに収める。
この武器をマスターするのに十二年はかかった。
ウルミは、一歩間違えたら自分をバラバラにする危険な武器だ。使い手もあまり多くはない。訓練を始めるのですら難しい。
時間がたつのも忘れて集中する。
気づいたときには、夜十時だった。ついつい長くやりすぎた。夕ご飯として朝コンビニで買ったエビマヨおにぎりを食べると、早々に寝た。
次の日の朝、俺はまだ暗いうちに目覚めた。時計を見ると、ちょうど短針が五時を指している。
目が覚めたらすぐ布団から飛び降りる。そうしないとその後起きられない。俺は素早く喪服とベルトを身に着けて、身支度を整えた。
壁に身を隠しながらドアを開け、一階の事務所に下りる。
「おはよー」
信也が、ガスコンロでスクランブルエッグを作っていた。
「おはよう」
俺がそう言いながらシンクで乾かしていた皿を並べる。
オーブンにパンを叩き込んでタイマーをセットする。
レタスをちぎって水切りする。
ドレッシングとケチャップを取り出す。
スクランブルエッグとパンとサラダを皿に盛り付ける。
これで俺らの朝食は完成する。
部屋に響くブオーンという音は、寒い時期にうれしいストーブの音でもあるが、信也のパソコンがボットとしてどこかのサーバーにサイバー攻撃を仕掛けている音でもある。
俺らは朝食を食べながら、今日の予定について話し合う。
「京都は観光名所だから観光客として入れば怪しまれないな」
「喪服着てる時点で怪しいだろ。喪服着た観光客がいるか?」
信也に突っ込まれた。
「ギリギリ行けるだろ。男性用の喪服って、スーツみたいなもんだぞ」
「観光ってスーツ着てやるもんなのか?」
「でもスーツとか黒い服じゃないと返り血浴びた時に目立つんだよ」
「まあスーツは仕方ないとして、観光だからもっといいホテル泊まったらどうだ?」
今度は俺が質問した。さっき信也が電話で予約を取ったホテルは、ぼろいビジネスホテルなのだ。
「このホテル裏路地にあるから出入りで人の目に触れにくいんだよ」
そんな会話をしていると、超試食なんてあっという間に終わってしまう。
俺が皿洗いをしている間、信也はパソコンで調べものをしていた。
「何してるんだ?」
俺が試しに聞いてみると
「仕事場付近の防犯カメラを乗っ取る準備をしている」
と、答えた。おれは黙っていた。下準備しまくるのは、こいつの習慣だ。
皿洗いが終わったころに、信也の下準備も終わったようだった。
俺らは、昨日用意しておいた荷物をつかんだ。
「行くぞ」
俺らはドアを開けると、『休業中』と書かれた札をドアに取り付けて、駅に向けて出発した。
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