第5話

 新幹線の中。俺らは、『鶏照焼重』とかいう駅弁を食べていた。


「うまい!」


 信也が言った。確かにその通りで、なかなかおいしい駅弁だった。


 俺らはカバンから本を取り出した。


 新幹線の中でパソコンするのは乗り物酔いするのであまり良くない。俺は、今読んでいる小説を読むことにした。


 カタンコトンと、列車が進んでいく。





 京都についた。俺らはそのまま歩きでホテルに向かう。


「何だここは・・・」


 俺らが泊まるホテルは、観光名所から遠い上にアクセスの悪い場所に、三階建ての古びた巨体を縮こまらせて立っていた。


「犯罪者向けホテル紹介サイトで、五つ星だったんだぞ」


「レビューになんて書いてあったんだ?!」


 信也は、無言でスマホの画面を見せてきた。それは、サイトの経営者に断りも入れず勝手にホテルを登録して裏の仕事を片付けている犯罪者が評価を付けるというサイトだった。


『客を、パソコンどころか紙すら使わず、店主の頭の中だけで管理しているから足がつかない。当然星五つです』


『店主の男性一人しかいないから情報が洩れずらい。五つ星ですね』


『店主が警察嫌い。万が一のことがあっても警察には口きかないから安心して泊まれる。星五つ』


「安心できないな・・」


 俺の感想はその一点に尽きた。


「これだけ安全なのに、Wi-Fiまであるんだぜ。最高のホテルだろ」


 確かにホテル紹介の一番下にはWi-Fi付きと書いてある。


「ずれてる」


 突っ込みどころが多い。何で店主がパソコン使わないのにWi-Fiあるんだよ。つ、まり店主がパソコン使わないというのは嘘だな。多分使っている。しかも、相当に精通している可能性が高い。


 いつの間にか信也が消えていた。前を見ると、ホテルのドアが開いている。


「おい待てよ」


 俺はそう言いながら、ホテルに駆けこんだ。


 ホテルのロビーは、まさにぼろいホテルの典型みたいな感じだった。


 古びた壁紙や家具。くすんだカーテンやソファー。傷がついたカウンターに、時代に取り残されたようなよれよれの着流しを着た爺さんが、また古びた丸椅子に座っていた。


「いらっしゃい。九時三十分からチェックインする、鈴木様でよろしいですか?」


 信也も俺も一瞬思考が停止した。三秒後に信也が、


「はいそうです」


 と言った。俺の背中に、偽名と文字を書いた。俺らは偽名を使ってチェックインしているらしい。信也が予約を取っていたから、気づかなかった。


「今満室なんです。そのため見晴らしがよい部屋しか残っていませんが、よろしいですか?」


 爺さんがホテルのオーナーとは思えないことを聞いて来た。普通「見晴らしが悪い部屋しか残っていませんがよろしいですか?」て聞くだろ。


「カーテンはありますので、問題ないですね?」


「はい。大丈夫です」


 信也が答えた。まさか。俺の背筋が凍った。俺らがそういう仕事ってことに気づいているのか・・・。そういえばこの人の顔、どこかで・・。


「お部屋にご案内いたします」


 おじいさんはそう言うと、カウンターから出てきて、驚くほど速い身のこなしで入り口のドアに満室という札をかけた。俺の意識から消えた。どこへ行った?


「荷物、お持ちしますね」


 その言葉で、俺はようやくおじいさんが俺のすぐ隣で、床に置いてあった大きめの荷物を持っていることに気づいた。


 もし俺らを殺す気だったら、多分二人とも瞬殺されていただろう。そばに来るまで、全く気づかなかった。


 しかもおじいさんが持ち上げているスーツケース。結構重い。こんな爺さんが持てるもんじゃない。ましてや持ち上げるなんて・・・。こいつ、ただものじゃないかもしれない。


 信也は、俺が固まっているのを怪訝そうに見ると、そのままお爺さんについていった。


 俺は必死で足を動かして、その後を追う。


 おじいさんの階段の歩き方は、かなりおかしかった。


 別に変な歩き方をしていると言うわけではなく、隙が無い。一切の油断がなく階段を歩いていく。まるで敵の間合いに踏み込む天才ナイフ使いのようだ。


 思い出した。俺は俺はこのおじいさんを知っている。俺がその人の通り名を言おうとしたとき


「お部屋に着きました。鍵はこちらです」


 お爺さんはそう言うと、身をひるがえして階段を下りた。その動きは、驚くほど素早かった。


 俺は荷物を持って部屋に踏み込む。


 部屋は清潔で、ちゃぶ台、二段ベッド、トイレ、風呂、洗面台など、豪華ではないが清潔だった。


「俺二段ベッド上がいい~」


 そう言いながら信也は二段ベッドの上の段に飛び込んだ。俺は下の段に入る。枕元に貴重品を置いて、上から枕で隠した。


「オーナーの爺さんさ、正体分かったか?」


 俺は試しに信也に聞いてみた。


「は?何のこと?」


 どうやら信也は気づいていないようだ。それよりさ・・と話し始めた信也の声は頭に入ってこなかった。間違いない。確かに彼は、『黎明』だ。


『黎明』すでに何年か前に引退して行方をくらました、伝説の殺し屋。ナイフ使いと自分のことを言っていたが、本当は針のようなものを投げて戦っていたと言われる。


 数々の優秀な殺し屋を屠ってきた、伝説の殺し屋。


 一度だけ俺もあったことがある。駆け出しのころ、俺はまだ殺し屋の世界に踏み込んだばかりで、仕事を仲介する仲介屋に頼んで仕事を斡旋してもらっていた。


 そんな時、仕事の途中で黎明に出会った。黎明に現場を見られた俺は、黎明に襲い掛かった。しかしすぐに、それが間違いだったことを理解した。


 ウルミと戦ったことがあるほど経験豊富らしく、俺は戦い始めて三分で気絶されられた。


 今の実力なら一時間は持っただろう。もっとも、命を見逃されることもなかっただろうが。


「そう思いませんか?」


 信也の声で現実に引き戻された。何を言っていたのか全く聞いていなかった。


「ああ。そうなんじゃないか」


 俺は適当に答えると、信也は笑顔になって

「ですよね。迷惑メール送ってくる会社のサーバーをコンピュータウイルスに感染させても問題ないですよね」


 と、言った。そんなことなら、やめた方がいいと言った方がよかったかな。


 だがもう後の祭りだ。嬉々としてスマホを操作する信也を、俺はぼんやりとした意識で見つめた。


 しばらくしてふと我に帰った俺は、手提げカバンから、電車で読みかけていた小説を取り出す。


 到着初日は仕事しない。俺らのモットーだ。その地域の空気に肌を慣らしてからじゃないと、肝心なところで間違える可能性もある。


「昼食のお時間ですよ」


 おじいさんの声と共に、部屋のドアが叩かれた。廊下を歩く音や床の振動どころか、空気の振動すらなかった。老朽化した建物ではあり得ないことだ。


 俺が部屋のドアを開けると、ワゴンに積み込んだ一汁三菜の和食が、白い湯気を立てていた。


 おじいさんはそこから盆を二つ取り出すと、部屋に入ってちゃぶ台の上に置いた。


「では、ごゆっくりー」


 おじさんはそう言うと部屋のドアを閉める。ワゴンの音をさせずに歩けるって、あの人なんで引退なんてしたんだ?


「美味しそう」


 信也がすごい勢いで布団から降りてきた。俺もつばを飲み込む。湯気を立てる白米とみそ汁。脂のたっぷりのった秋刀魚。冷えた漬物。


 まるで絵にかいたような料理だ。


 俺は席に着くと、いただきますも言わずに掻き込んだ。


「うめえ・・」


 俺らは同時につぶやいた。正直、なぜ料理のコメントが一件もなかったのかが世界最大の不思議だ。こんなにおいしいのに。


 そんなことを思うほど、ここの料理は絶品だった。塩辛過ぎないやさしい味の味噌汁に、甘い白米。脂がしっかりのった秋刀魚。塩味のきいた漬物。


 僕らは、十分ほどで間食した。食後に、床に寝っ転がって一息ついていると、またオーナーがあらわれた。


 無言で食器を下げると、そのまま音もなく去っていった。さっきと同様、ワゴンの音どころか、空気の振動すらなかった。


「あの人・・・すごい静かですね」


 流石に信也も違和感に気づいた。こいつだって戦闘技術はかなりレベルが高く、総合評価すれば一流の殺し屋だ。まあここまで静かだったら気づくだろう。


「ああ。あの人は多分、元殺し屋だ」


 正確に説明すると昔、俺が戦った殺し屋なんだが、そんなことまで馬鹿正直に言うと俺が負けた話までばれるだろう。俺だって負けた経験をべらべら喋りたくはない。


「そうだ。観光にでも行かないか?」


 俺は信也に話を深掘りされるより早く、話を切り替えた。信也もかなり乗り気なようだ。やはり京都は古都。観光の都。文化の中心地。そして京都と言えば


「二条城だよな」


「金閣寺だよな」


 二人の意見は一切合わなかった。ちなみに俺は前者である。二畳城。じゃなくて二条城。何で二畳なのかぜひこの目で確かめたい。


 だが、信也が行きたくないならあきらめよう。


 せーの


「清水寺!」


「鈴虫寺!」


 俺の意見は後者である。寺の一文字は合ったが、まだ意見は合わない。信也は突然すごい速度でパソコンのキーボードをたたきだした。何やら調べている。多分、京都の観光名所の人気ランキングだ。


 せーの


「伏見稲荷大社!」


「平等院鳳凰堂!」


 俺は前者である。文字数は合った。ここは俺が譲歩して


「金閣寺!」


「銀閣寺!」


 俺は信也の生きたい金閣寺にしたんだが。やはり考えは合わない。激しい言い合いを続けた。


「金閣寺の最大の魅力はあの金箔張りの壁ですね。超贅沢。京都に来てそれを見ないなんて(後略)」


「いや。銀閣寺こそわびさびの象徴だ。大体金閣寺は派手すぎるんだよ。例えば(後略)」


 最終的に俺が


「探偵事務所の所長命令だ。銀閣寺に行くぞ!」


「え~!そんなのありですか~?」


 と言ったときには、すでに机の上で夕食が湯気を立てていた。オーナーの姿は影も見られない。いつオーナーが部屋に入ったんだ?もし黎明が俺らを殺す気だったら、二人とも死んでいた。


 ここまでくるともう不安になってくるんだが、裏業界の事情を知る黎明なら多分警察に連絡したりしないだろう。


「今・・・何時ですか?」


 信也がそう言いながら窓の外を見た。真っ暗だ。俺は腕時計に目を落とす。十時半。


「観光・・・・」


「残念だったな」


 信也の絶望を俺はばっさりと斬った。肉がジュウジュウと香ばしい音を立てて、私たちをあざ笑った。


 米と味噌汁から湯気がほわほわと立っている。


「仕事もあの食事から立つ湯気みたいな感じにならないといいんだが」


 信也が、すごく遠回しに「雲をつかむよう」と言った。


 雲をつかむよう:物事があまりにも不明瞭で、はっきりしないさまを意味する。


 さっきの文章でお気づきの方もいるだろうが、おかずはすてきな食べ物。つまりステーキだ。素晴らしい技術によって筆舌しがたい香りを作り出している。俺らはちゃぶ台を挟んで座って、食事を始めた。


 俺らをあざ笑う料理たちだが、まずくはなかった。むしろうまかった。ジューシーだが脂がのりすぎていないステーキには、旨味を引き立てるさっぱりしたソースがかかっている。


 ボリュームも、仕事前にちょうどよい量だ。流石、元殺し屋。殺し屋を引退した後は殺し屋のためのホテルを作ったのか。元殺し屋だからこそできるサービス。全国にこういう場所があればいいのに。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか食べ終えていた。オーナーがすぐに回収しに来ないのは、食後に仕事の準備することに気づいたからだろうか?


 考えなくても問題が起きないことは考えるな。俺らはさっと立ち上がると、部屋の隅に置いてある荷物を開けた。


 俺はあらかたの装備はもうしているので、スーツの裏に軽いナイフや煙玉などを仕込むだけだ。信也はパソコンで次々とアプリを開いていく。俺が動き、信也は後部支援を行う。


 俺らの仕事のやり方だ。まず、オーナに気づかれずにこの部屋を出たいのだが、不可能なのでパス。


 俺は、オーナーの前をスーツ姿で通り過ぎた。オーナーは会釈しただけで、すぐに読書に戻った。題名は『ファウスト』。確か黎明が好きという噂のある小説だ。まあこの人、元黎明だから当たり前か。


 俺たちは、そのままターゲットの自宅まで歩く。ターゲットの自宅は一戸建てだ。アパートと違って周囲に音が漏れにくいから、多少のバカ騒ぎは問題ないだろう。


 今回やるのは殺し合いなのだが、多分大丈夫だ。


 信也から連絡が入った。耳に付けている無線機から声が聞こえる。


『コントロールユニット、ブザー、防犯カメラ、無力化成功。センサー、乗っ取り成功。京都にある全警備員拠点全て無力化。オールフリー』


 その声が聞こえた時点で俺は走り出していた。いくつかある罠は足で感じて回避した。そのままの勢いでドアを蹴破る。玄関に足を置きながらウルミを取り出して構えた。そして振りかぶる。


 三秒後、玄関からリビングに続く扉が、四つ切りになった。同時に発射された矢を、間一髪のところで躱わす。


『センサーによると、熱源は一階リビングにある。おそらく、それが永逝だ』


 その報告は正確だった。


 殺し屋永逝は一人、広いリビングに立っていた。その周りには、大量の武器が置かれている。


「ふ~ん」


 そいつはたった今撃ったボーガンを投げ捨てると、横に置いてあったサブマシンガンを持ち上げた。


「いらっしゃい。お客さん。おもてなしとして」


 彼はサブマシンガンに弾倉を叩き込と、迷いなく俺に向けた。


「世界一残酷な死をプレゼントします」


 永逝は笑顔になった。引き金を引く。俺は構えていた煙玉に火を付けた。


 部屋に煙が充満する。そこを、赤い光を引いて銃弾が飛び交った。


 銃弾に穿たれた物の破片が飛び散る。俺はいったんベルトにチャクラムをしまうと、弾丸の回避に専念した。永逝は弾倉が切れると、また新しい弾倉をすぐに装着する。弾幕が全く切れない。


 俺はひとまず戸棚の後ろに隠れた。頭上を弾丸が通り過ぎる。煙玉のおかげで、俺がどこにいるのかは分からないらしい。


 十分は続いた銃撃は、まるで海が凪ぐように収まった。やっと玉切れか。俺が顔をあげると、今度はボールが飛んできた。あれはなんだ?俺は零コンマ以下で判断した。手榴弾。


 俺はすぐさま飛びのく。爆轟。


 リビングが広いおかげで助かった。もしもう少し狭かったら、俺は死んでいた。俺は立ち上がり、そのまま敵に肉薄する。


 俺の後ろで手榴弾が爆発する。


 鞭のようにしなるウルミの刃が、壁や床をえぐる。こいつ、火力はあるが実力は普通の兵士と大して変わらない。殺し屋じゃない。ちょっと強い民間人程度だ。


 あと三メートルで攻撃圏内。という所で、俺の方へと何かが飛んできた。


 俺は横に飛びのいてそれをウルミの柄で弾く。


 その瞬間、俺は悟った。気づきべきだったのだ。この程度の人間に、あれだけの暗殺は実行できないと。何か、隠し持った刃があるはずだと。


 戦闘に専念していたせいで、そこまで気が回らなかった。迂闊だった。


 その時、気づいた。無線が切れている。信也との連絡が絶たれている。


 コードが切れている。耳のイヤホンから、腰に取り付けた本体の間にある一本のコード。それが切り裂かれていた。


 あの弾幕は、罠だったのか?


 俺が弾いたものの正体。それは弾かれながらも、空中で向きを変えると俺に向かってきた。


 俺はウルミをしならせて、それを弾く。


 俺を攻撃したのは、ワイヤーの先端にナイフが付いた、特殊な形状の武器だった。鞭のような動き、その攻撃距離と自由度はウルミ以上。


 そして俺はその武器と戦う方法を知らない。そんな武器を見たこともない。信也なら調べることができたかもしれないが、連絡を絶たれた状況では、どうしよもない。


 永逝は、口元に不敵な笑みを浮かべていた。


 今のところ俺にできるのは、逃げるこのだけ。


 頭上に飛んできたその武器を地面を蹴ってよける。


 その瞬間、頭の中でピコーンと音がしたんじゃないかと思うぐらい、ひらめいた。


 俺は喪服からソードブレイカーを取り出すと、剣のくぼみで鋭く突き出された刃を受け止めた。


 こうやって固定されてしまえば、敵は何もできない。永逝があっけにとられている隙に思いっきりその武器の先端を床に押し込んだ。床に武器がめり込む。


 そして刃をソードブレイカーにねじ込んだまま、ソードブレイカーも床に突き刺した。これで武器は無力化できた。俺はウルミを手に取ると一気に肉薄する。


 全身の筋肉を動かしてウルミを振り回す。


 永逝は落ち着いていた。相当場慣れしているな。動揺が全く見られない。だが彼の周りに置いてあった武器ももう残り少ないし、この距離なら俺の勝ちだ。俺はウルミの打撃で、永逝が装填しようとしていた最後の弾倉を破壊した。


 ウルミを振り回しているから、近づくこともできまい。俺の間合いに踏み込んだらこいつに待っているのは刃の豪雨と死しかない。


 だが永逝は踏み込んだ。その腰には、手榴弾が山ほどつけてある。


 俺に切り裂かれる瞬間、永逝は全ての手榴弾のピンを抜いた。十個以上の手榴弾のレバーが、一斉に跳ね上がる。


 流石に手榴弾をバラバラにする時間はない。永逝は死ぬだろうが、俺も道連れだ。

「まずい」


 爆発から逃げるためには、この部屋から出ないといけない。だが今の俺の立ち位置は入口からだいぶ離れている。爆風から逃れるのは無理だ。


 俺はジャンプして伏せて、頭に対爆用の布をかぶった。ウルミはベルトに収める。


 その背中を爆風の熱気と衝撃波が駆け抜ける。直撃は避けたか。


 俺がわずかに安心したその直後、爆発の衝撃で俺の体は吹き飛ばされた。そのままの勢いで壁に叩きつけられる。


 一瞬意識が遠のく。幸い受け身を取るのが間に合ったので、死は免れた。だが全身がすさまじく痛い。全身を打ち付けた打撲に加えて、手榴弾の爆発と同時に飛び散った殺傷能力のある破片が、全身に刺さった。


 ただ、喪服の布地が防刃、防弾、防爆だったため、体は欠損しなかったらしい。


 信也に言われたとおりに靴下も手袋もちゃんと防刃、防弾、防爆でそろえておいてよかった。そうでなければ今頃、いやな奴に立てる中指もろとも、かなりの指を失っていた。


 俺は痛み止めの薬をポケットから取り出した。正直、この痛み止めはあまり好きではない。


 俺はそれを一気に飲む。まずくはない。むしろおいしい。


 だんだん頭がしびれてきた。神経がマヒしてくる。それと同時に、痛みも感じなくなってきた。


 俺は無理やり体を起こすと、最後の力で家を出た。ベルトに収めていたウルミは無事だったものの、スーツの外に出した武器は、あらかた破損していた。


 爆風でずたずたに破壊された美しい庭の向こうにある門に、車が止まっている。


 もし警察車両か警備会社の車だったら俺は逮捕される。


 もし永逝の雇い主などの関係者だったら、俺は拷問されて殺される。


 さてどっちかな。鎮痛剤で頭が回らないせいで、逃げるという選択肢を思い付けづ、俺はぼんやりと車に向かっていった。


 だが俺はついていた。運転席には信也が座っていたのだ。


「大丈夫か?!その怪我!」


 信也は車から降りると、俺を無理やり助手席に乗せた。


 信也も車に乗り込む。すぐにエンジンがかかった。


「なんで……迎えに来た?」


「警察と警備保障会社が爆発に気づいてこのあたりに包囲網を作っている。このあたり全域の人が一斉に110番通報しやがった。早く行くぞ!」


 信也はすごい速度で車を発進させた。目立たないように無灯火だ。遠くからサイレンが聞こえる。


「住宅地は無灯火で走る。大通りに入ったら点灯させる」


 俺が使った鎮痛剤は神経系に作用して、動きが鈍くなる。だが即効性があるので痛みで動けないみたいな時には非常に便利だ。だが、副作用で一瞬でも気を抜くと眠りの世界に行くので救援がやってきて気を緩めると気絶する。


 信也の声が聞こえたと思ったら、次の瞬間、俺の意識はふっと消えた。だからこの痛み止めは嫌いなんだ。


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