第6話

 信也目線


「くそ!」


 俺は思いっきりアクセルを踏み込んだ。タイヤが空回りする。


「何ぼんやり寝てるんだ!手榴弾爆発するような事態にしやがって」


 横で気絶している岩沢。いやバカ沢にグダグダ言ってもどうにもならない。


 警察がそこらじゅうで車を止めて中をチェックしている。あれって個人情報保護法違反じゃないの?


 ほんとに法律って国に都合よくできている。好きで法律に縛られたいわけじゃないのに生まれたというだけで法律に縛られる。


 裏社会の人間だからこそ、視界をきりかえてそんなことが考えられる。


 俺は結構な裏地路を通っていたのだが、驚いたことに警察官がいた。警察ってこんな仕事早かったか?


 なんか赤い棒を持っている。俺らを止める気だな。そうはいくか。


 俺はアクセルを踏み込む。


 一気に加速する。警察さんはギリギリ側溝に飛び込んで助かった。泥水がたまっていたらしく、泥だらけになっている。


 その横をあざ笑うようにブレーキ音が響いた。そのまま自然な速度に戻って太めの道路に出た。


 俺は余裕が出てきたので横で倒れている岩沢の顔を覗き込んだ。普通に寝ている。


 俺は岩沢がシートベルトをしてないことに気づいて、慌てて身を乗り出してシートベルトしめてやった。


 ここまでくればもう大丈夫だろう。俺はホテルへ急いだ。このあたりに俺のコンタクトがとれる闇医者はいない。岩沢の言っていた、元殺し屋のオーナーに医者を紹介してもらうしかない。


 俺はさらにアクセルを踏み込んだ。



 ◇◇◇



 夢を見ていた。古い夢だ。僕は布を振っている。ウルミという特殊な武器をマスターするために弟子入りした、ウルミの道場の夢だ。


 木でできた床に、布の当たる音が響く。


「もっと早くふれ!」


 師匠が僕らに指示を飛ばしている。僕ら生徒はある程度距離をとって、布を振り回していた。始まって一ヶ月たったが、百人いた生徒は脱落して五十人になっていた。


 ここは山奥の道場。


「もっと大きく」


「全身を使え!」


 生徒一人一人に、厳しい声をかけていく。ウルミは強力な武器だが、自分にとっても危険な武器だ。まず布で完璧に使いこなせなければ何も始まらないと師匠は言っていた。


 さっきからだいぶ体に布が当たる回数が減ってきたが、でもこれが本物だったら今頃出血多量だ。


「体の周囲に泡を作るような感じに振れ。防御の泡を展開していけ!」


 師匠のその声が耳に入るが早いか僕はさらに加速させた。今やっているのは素振りみたいなものだ。目の前に敵がいると考えて、それに刃を当てる。


「そこまで!」


 師匠のその声で生徒は一斉に止まった。全身運動でかなり疲れていたが、座り込む人は誰もいない。この程度で座り込んでいたら、一か月持たなかった。その前に脱落していただろう。


「今日は特殊な訓練をやってもらう」


 師匠が言った。いつもはこの後、山道走り回ったり、基礎体力を鍛えるのだが、今日は違うらしい。


「私に一斉に襲い掛かってもらう。武器は布だ。ウルミと同じように使え。私に打撃を与えることができた人は、もう卒業してもいい。きみらもだが、急所に布が当たったら退場だ」


 師匠はそう言うと、使い込んでやや古びた布を構えた。


 師匠のウルミはベルトに入っていて、いつでも持ち歩いている。だが師匠は今回、ベルトを外して、道場の隅に置いた。


「さあ来い」


 俺は頭の中で考えを巡らせた。師匠がこんなことを言い出したのには確実に理由がある。まず、五十人でかかっても負ける可能性の方がよっぽど高い。いや。勝つ可能性はない。


 じゃあ何のために?俺の隣の人が一歩前に出た。布を肩に構える。


 そのまま布を振り回しながら切り込んだ。それに十人ほどが続く。振り回すとはいっても動には一部の隙すらない。


「あっ」


 俺は気づいた。師匠はおそらく俺らと刃を交えてその人のダメなところをあぶりだそうとしている。さすが師匠。そんなレベルの技術があるとは。


 向かっていった人たちは、そのまま師匠の間合いに踏み込んで、吹っ飛ばされた。師匠の刃の動きが見えなかった。


「足をもっと動かせ。目と足を連動させろ。(以下略)」


 十一人全員気絶している。


 俺も突っ込んでみた。ただ、ウルミは振り回さずに。俺は間合いぎりぎりで師匠の刃の動きを見てウルミを回した。ただ、師匠の打撃で俺の手から布が飛んで行った。


 そのままの流れで俺のあごに布が直撃する。


「もっとしっかりと俺の動きを見切れ!」


 師匠の声を最後に俺は夢から弾き飛ばされた。そういえば俺の今までの殺しで、もっとしっかり敵の動きを読んでおけば余裕で倒せた相手が多くいたな。そう思った。


 最後の一言は、あの世にいる師匠が、僕に伝えたいことなのかもしれない。

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