夜の怪物
瀬水珠希
第1話
曖昧な意識の中で、足先にまとう冷気を感じた。ほとんど無意識のまま布団の所在を探り、自分の足を覆うように引っ張った。目の前は暗く、ぼんやりとしていた。そのままじっと、動かずにいた。数分が経ったように感じた。私は体を縮こまらせたまま目を開いた。右半身が下になっているようだった。目の前にはサイドテーブルに置かれたピアスがあった。暗い部屋の中にもわずかに光が漂っているのだろう、イヤリングの金具の側面が白みを帯びていた。深呼吸をすると、冷たい空気が肺の中にしみ込むように感じた。上半身を捻る。背骨の関節が鳴った。左手で厚い灰色のカーテンを引っ張ると、日光が部屋の中に入ってきた。光量はわずかで、ほとんど目がくらむこともなかった。私は布団にくるまったまま五分ほどストレッチをした後で、起き上がりベッドに腰掛けた。
ふと、子供の頃の記憶が頭の中を巡った。世界がまだ、スモッグに包まれる前のことだった。十歳になる前の頃、私は六畳ほどの部屋を与えられた。大きな窓のついた、天井の低い部屋だった。窓際にベッドを置き、その反対側に勉強机が置いてあった。
自分の部屋ができたことは、あまりうれしいことではなかった。昼間は外かリビングで遊んでいた私にとって、自分の部屋はほとんど寝るだけの部屋になった。寝るのは怖かった。母親と父親と同じ部屋で寝ていた時ですら、布団に入ると頭の中が恐怖であふれかえった。鬼や幽霊が怖いわけではなかった。ただ、間接照明を消した後の暗い部屋の中で、その日にあった出来事が思い返されるのが怖かったのだ。何かが、致命的な何かがその思考の中に潜んでいたのだろう。私はただ布団にしがみつき、先に眠りについた母親の方に身を寄せた。私が近づき、母親が身体を動かすと、また恐れを感じる。そして離れ、父親を見る。父親もたいていの場合、寝てしまっていた。
そんな私にとって、一人きりで寝るということは苦痛でしかなかった。昼間は決して、その類の恐怖を感じなかった。学校へ行き、遊び、人並みに笑う子供だった。そして夜が来て、リビングから去る。そして部屋の扉を開ける。電気を消し、布団へ入る。すっと、それまで見ていたテレビや家族の会話、読んだ本などの内容が頭から消えていく。そして私は恐怖を感じ始める。早く眠りについてしまえと、必死に頭の中で願った。時間にしたらほんの十分もなかったのだろう。いつの間にか寝てしまうことはできた。そして気づけば、まぶたがくすぐったくなるような感覚がして、温かい声が聞こえる。肩か、お腹かを優しく触られる。目を開け、思わず目を閉じる。カーテンの開かれた大きな窓から差し込む白い光が、部屋中に包むように広がった。少しずつまぶたを開き、目を慣らしていく。母親の声が次第に鮮明に聞こえてくる。それでようやく気が付く。ああ、朝が来てくれたのだと。
私はふと、ベッドに座り物思いに浸っている自分の姿に気が付いた。だらりと下げた両足が重く感じる。腰のあたりにも痛みがあった。私は左耳にピアスを付けた。立ち上がり、前屈をして、お湯を沸かすためにキッチンへ行った。時刻はほとんどいつも通り、午後四時十五分だった。
夜の怪物 瀬水珠希 @mizutama0
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