沈黙に積雪

湊咍人

あそぼうよ




 ゆきが、すこしとけている。


 ふきとうは、周囲一帯を白く染める雪からその頭を出した。冬の終わり、そして春の始まりを感じさせる光景だが、私にとっては少々不都合だ。


 だって、ほら。


 そのすぐ隣に、五本の蕗の薹が顔を出してしまうから。


「手を抜いちゃだめだったか」


 なにせ、衝動的だったもので。計画性の欠片もなかったわけで。

 道具も、何より時間が無かったわけで。


 春が近づけば、ひょっこりと顔を出してしまう。


「小さくて、柔らかかったはずなのにね」


 青白く変色し、その低温から曲がることすらない。小さな蕗の薹は何も喋らない。

 いつも穏やかで、たまに賑やかで、どんな時でも明るかったのに。


「あそぼうよって、もう言ってくれないんだね」


 ここは、寒い。寒さに弱くて、よく私にくっついてきた。コートの中に潜り込んで、内側にある沢山のポケットを物色してたっけ。


 あれ?


「......なんで、だっけ」


 私は、なんで?


「あっ......ああああ──────」


 あの、柔らかかった手は、もう存在しない。ここにあるのは蕗の薹だけだ。

 あの夜、私の手を引いたそれは、もう冷え固まってしまった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」


 こうするとうまく歌えるんだよって、私のお腹に触れて君は笑った。

 こんなにたくさんのポケットに何を入れるのって、君は笑った。

 ──は優しいねって、コートの中から私を見つめて君は笑った。

 あそぼうよ、って手を引いて、夜中に部屋を抜け出して君は笑った。


 きみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみはいいいいいいいいいいいいいいいいいいつもいつもいつもいいいい言っててってててくれれれた。


「あ......」


 冷えた大気を無為に震わせる喉を、通り過ぎた風が凍らせた。

 あの日の手すりみたいに冷たい手で、引っ掻くみたいに撫ぜられた。


 さわったら、ゆびがくっついちゃうよ?

 

 瞬きするくらいの間、冷たくて。

 すぐ、目頭と同じくらい熱くなった。


「ぁ......」


 私の喉から赤い花が咲いて、すぐに枯れ落ちていった。

 そして、赤い蕗の薹が私のポケットみたいに沢山生えて。


 雪を溶かして、辺り一面に咲き並んだ。













「なんで、こんな───」


 頬から、蕗の薹を作っている男の子。

 彼を、私は知っている。彼は、私を知っている?


「僕は、僕は───」


 頬を滑り落ちる間に凍えてしまった蕗の薹を拭い取ると、彼は行ってしまった。

 たぶん、私なんかよりずっと、ずっと───

 

 でも。

 五本の蕗の薹と同じくらい冷たい手に撫ぜられたことが、妙に誇らしかった。


 今だけは咍われずにすむ。

 今日は、笑っていられる。

 

 私は眠った。







 ゆきが、すこしずつとけてゆく。


  




 

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沈黙に積雪 湊咍人 @nukegara5111

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