探偵に説教を求めてはいけない

ホタテ

プロローグ

「犯人は――あなたです」

 探偵の人差し指が犯人に向けられる。

 みんなの視線が、その人差し指の先に集まる。

 お決まりのセリフ、お決まりのシチュエーション。

 犯人は観念したように、近くにあった椅子に力なく座る。

 恐らく、何となく勘づいていたであろう犯人の妻が、声を抑えながら涙を流している。

「そんな……旦那様……どうして……」

 長年屋敷に仕えている使用人が、信じられないというふうに言った。

「殺すつもりは……なかったんだ……」

 犯人は、質問に答えるべく動機を話し始めた。

 これは、不幸な事故だった。

 よくある……というのもおかしな話だが、口論の末、今回の被害者は運悪く転倒。  打ち所が悪く、そのまま亡くなってしまった。

 そこですぐに通報していればよかったものの、隠そうとするから殺人事件となってしまうのだ。

「殺すつもりはなかった」

 そんなものは自分の過ちから逃れようとした時点で、言い訳でしかないのだ。

 一度逃げようとした人間は……

 二度目の逃亡を試みる。

「あなた!!」

「旦那様!?」

 犯人は――逃げ出した。

 全く……どこへ逃げようというのだろうか。

 ここは海に囲まれた離島。

 そんなに広い島じゃない。

 屋敷の周囲は木々が生い茂る。

 逃げてもどうせ捕まるのに……

「何呑気にしてんの? あの人、自分のボート持ってるの忘れた?」

「……」

 そういやそうだった。

「ちょっと待ってください、先生。確かボートは全て故障しているはずでは」

 そうだ!

 巡査部長の言う通り!

 船という船を破壊されたから、私たちはこの島に閉じ込められてしまったんだ!

「バカだねぇ。嘘ついてたんだよ。全部壊れたって言って、一隻だけ無事だったんだよ。――逃げるために」

「――それをもっと早く言ってください!」

「おい! これを持って行け! サポートする!」

 屋敷の外に出ると、窓から巡査部長が無線機を投げて寄越した。

「やつは南方向へ逃げた! このまま真っ直ぐ行け!」

「ラジャー!」

 言われた方向へ私は走り出した。

 相手は運動とは無縁の金持ちのオッサン!

 私の敵じゃあない! 

『もうすぐやつは森を抜ける!』

 走っていると無線機から巡査部長の声が聞こえた。

 問題ない。

 私のスピードなら追いつける。

 ――ホラ! 見えた!

「待てやこらぁぁぁぁぁあああああ!」

 助走は十分!

 私は思いっ切り踏み込んで、手に持っていた無線機を野球ボールのようにストレートにぶん投げた。

 ガッ! と、鈍い音をたてて、犯人の頭に命中。

 犯人は真正面から倒れ込んだのだった。

 美琴みこと選手! 見事なピッチングです!


 その後、犯人は駆けつけた巡査部長によって無事手錠を掛けられた。

 あとは本島から助けがくるのを待つだけだ。

「あなた! なんてバカなことを……!」

 奥さんが怒りやら何やらで、顔を真っ赤にして化粧が落ちようが構わず、泣いている。

「すまない……すまない……」

 犯人は壊れたおもちゃのように、謝罪の言葉を繰り返している。

 見ていられない。

 使用人や他の人たちも暗い顔をしている。

 逃げようとしたのは良くなかったが、この犯人は不運だったとも言える。

 被害者も運が悪かったが、この人もまた運が悪かった。

 こういうとき、真相を突き止めた探偵がそれっぽいことを言って、事件は幕引きとなるのだが……

「このお菓子美味しい! 美琴も食べてみなよ!」

「……」

 出されたお菓子を堪能していらっしゃった。

 確かに美味しそうだ。

 私もいただこうかしら。

「あの……」

 使用人の女性が何か言いたげな表情で近寄ってくる。

「どうかしましたか?」

「いえ……その……ただ……何と言いますか……奥様も旦那様もすごくお辛そうで……何か一言、先生のほうから何かお言葉をいただけますと……」

「……あー……」

 やっぱりそうなりますよねー

 何か良いこと言ってほしいですよねー

「すみませぇん。うち、そういうのやってなくてぇ……」

「あ、そうですか……。申し訳ございません。おかしなことを言ってしまって……」

「とんでもない。こちらこそ申し訳ないです」

 とか言ってお互いに頭を下げていると、視界の端に巡査部長の姿が映った。

「そ、それにしてもすごいですね! 刑事さんと探偵さん……コンビネーション抜群でしたね! よく一緒にお仕事されるんですか?」

「いやぁ……」

 そこは笑って誤魔化しておく。

「あ! そうだ! 刑事さんなら何か、旦那様にお言葉をかけてくださいますでしょうか!?」

 彼女は新たなる希望を見つけたようだった。

 そうだ。探偵がダメでも、事件を共に乗り切った刑事が犯人に説教するパターンもある。

 私たちではできないから、ここは君に任せた――

「申し訳ありません。そういうのはやっていないので」

「……ですよねー……」

 彼女は諦めた。


 誰しもが、事件解決後に犯人を叱咤したり、説教するわけじゃあない。

 ドラマの見過ぎだ。


 探偵に、説教を求めてはいけない。

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探偵に説教を求めてはいけない ホタテ @souji_2012

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