7.巫子の候補者たち

「京の都に災いの兆しがある」


 天照の口から語られた内容に、四人は少なからず驚いた。

 京といえば、白光宮の膝元。ひいては天照の支配領域のど真ん中だ。

 そんな場所で凶行に走る者がいることも、しかもそれが災いとなる可能性があることも、通常では考えられない。


「して、此度の凶兆。いかなる災いであると?」

「わからぬ」


 不快だ、と。常の天照ならば考えられぬ刺々しい様子で吐き捨てる。


「何も見えぬのだ。妾の膝元たる京で、妾に見通せぬ事がある。これこそが、何よりの異変。それでいて、先の未来には確かに災禍の兆しが見えるのだから、なお気色が悪い」


 ただ、と。


月影・・は見えた」


 その一言で、四人に一斉に緊張が走る。同時に合点もいった。どうして四人全員が集められたのか。どうして天照の「目」でも見通せないのか。どうして天照がこうも苛立っているのか。

 傅く四名を見据え、天照は命令を下す。


「我が衛士たちよ。直ちに地上に降り、異変の原因を探せ。必ずや不埒者の正体を暴き、京の暗雲を払うのだ」

『——はっ!』


 主命に応じる、荒々しい鬨の声。

 相手が何者であろうと関係はない。主命が下ったのならば、進むだけだ。

 誰一人、臆する者などいない。特等になった時から、退がる道など捨てたのだ。

 神の圧にも負けぬ気迫を発する四人に、天照は満足そうに——そしてどこか、寂しそうに笑っていた。


「……いつものことではあるが、此度のそなたらの働きもまた、《巫子》の選定のための判断材料となる」


 《巫子》——それは、神の依代たるただ一人に与えられる名前。

 神は強大な力を持つ反面、本来は霊体であるために、そのままでは地上に干渉できない。そこで多くの神々は自分の力を器となる《巫子》に託し、一心同体となることで、地上でその力を振るうことを可能にするのだ。


 神の名代として国を治め、強大な神威を持って地上に安寧を齎す者——巫子。

 あるいはそれは、古い言葉で、「王」と表現される者に似ていた。


「地上の生きるすべての人が、妾の愛しき子も同じ。なかでもそなたらは、いっとう強く、特別に清らかな魂の持ち主。妾の、大切な愛し子たちだ」


 今代の天照の巫子、久我竜胆は高齢である。

 巫子といえども天寿には逆らえない。天照と竜胆は後継を探して日ノ本を回った。

 まず強く、心根が正しく、何より天照の敷く天道に沿う気概の持ち主であること。

 ——そして、決して譲れぬ願いがあること。


 己の分を超えた大望を抱く時こそ、人は神に祈るのだ。

 その祈りこそが、神の力を極限まで高める。巫子として、最も重要な要素であった。


 あるいは巫子となれば、神の力を以って、叶わぬはずの願いに手が届くかもしれない。そうした希望が何より人を強くするのだから。

 そんな適正者たちを集め、衛士として召し上げ、鍛え上げた。


 そして最終候補にまで残ったのが、この四人。

 つまるところ特等衛士とは、最強の衛士であると同時に、天照の巫子の候補者でもあるのだ。


 手塩に掛けて育てた、大事な大事な子どもたち。叶うなら、彼ら全員の未来が幸せなものであってほしいと、天照は心から願っている。


 けれど、巫子となれるのはただ一人。

 天照は、彼らが戦う理由を知っていた。その内に秘める切なる願いも。

 彼らを戦いに駆り立てる宿命こそは、決して人の力では断ち切れぬ業であり、故に彼らは天照の下へと集ったのだ。


 だとしても、力なき多くの民を導くため、巫子の選定に私情を交えるわけにはいかない。天照は、神なのだから。その愛は、地上に生きるすべての人に注がれなくてはならない。

 だけど。それでもせめて、


「どうか……どうかみな、無事に帰ってくるのだぞ?」


 そんな、祈りにも似た言葉を残す。


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