6.神

 正直に言って、全員言葉を失っていた。

 いつだって元気いっぱいな天照は、とにかく勢いも凄まじい。たまに付いていけなくなることがあるのだ。今回もそうだ。


 根が真面目な國光や寅丸は、目の前で精一杯胸を張ってふんぞり返る幼女(神)に、何と言って声をかけるのが正解なのか本気で悩んでいた。一成は自分から火傷しにいく気などまるでなかった。

 必然、第一声を任せられるのは一人しかいなかった。


「よう、天照。元気そうで何よりだ」

「——っ! おお、篝! 其方こそ、変わらず息災であるな!」


 篝が一歩神殿に足を踏み入れた瞬間、ぱあっと顔を明るくする天照。そのまま飛び出そうとして、踏み止まる。どうやら神としての威厳を保つため、譲れぬ一線があるらしい。


 神殿中央の座敷の端っこぎりぎりで止まったまま、何も言わず篝を見つめる。「早く来い、早く褒めろ」と視線で語る天照に、篝は苦笑しながらも歩み寄っていく。

 一段高いところにある座敷の手前で立ち止まり、おもむろに片手を天照の頭の上に乗っけた。


「悪かったな、中々顔出せなくって。寂しくなかったか?」

「寂しくなど、ないぞ……だが、やはり時折は顔を見せにくるがいい」

「……ああ。善処する」


 篝の大きな掌が優しく天照の頭を撫で、天照が幸せそうに頬を緩ませる。


「む。知っておるぞ。それは誤魔化そうとしておる輩の台詞だ」

「嘘じゃねえよ。できるだけ会いに来るさ。でも他にやんなきゃいけないことがある時は……ごめんな?」

「うむ……まあ、致し方ないな」


 一転、しょんぼりと顔を伏せる天照。感情が覿面に表に出る様は、見た目相応の子どものようで。苦笑を漏らした篝は、両腕を天照の脇に差し入れて、一息に抱え上げた。


「ほーら、そんな顔すんな。お天道様が暗い顔してちゃ、みんな不安になっちまうだろ?」

「おっ、おお! 高い! 高いぞ!」

「いっつも地上の皆のこと見守ってくれて、ありがとな。おまえがいるから、みんな安心して笑ってられるんだ」

「うむ。それが妾の務めであるから、当然である。だが……褒めるぶんには構わぬぞ?」

「すごいぞー天照。えらいぞー天照。ありがとなー天照」

 

 俗に言う「たかいたかい」の状態でご満悦な天照。

 やはり寂しかったのだろう。普段余人が立ち入ることを許されない神殿に、たったひとり。「お気に入り」であるところの四人に会いたくなるのも無理はない。

 そう思い至り、篝の脳裏に一つ妙案が浮かんだ。


「そうだ。仕事がてら、またいっしょに都に降りてお茶でも飲むか? 団子が美味い店を見つけたんだ」


 主たる神の寂しさを埋めるための提案だった。特等四人で護衛すれば、天照に万が一にも危害など加えさせない。だから少しくらいなら、と。

 実際、篝の提案に、天照は最初ぱっと顔を明るくした。

 しかし、それも束の間。唇を一文字に引き結び、残念そうに眉を下げた。


「うむ……とても、とても嬉しい提案であるが…………今は控えよ」

「……それほどのことか?」

「うむ。一大事である」

「そっか……じゃあ、俺も相応の気構えで臨まないとな」


 天照を降ろし、後ろに下がる。


「一成」

「ああ」


 そのまま一成の後ろに控える。ちょうど國光や寅丸と並ぶ位置だ。

 四人は同じ特等。階級の差はない。それでも、この四人の頭は一成と決まっている。いくら篝が天照の「お気に入り」だろうと、そこは変わらない。

 特等になるずっと前から、四人はそうして戦ってきたから。


「平伏せよ」


 童子の如き爛漫さは消え失せ、天照の「神」としての側面が表に出る。

 厳静なる命が下った、その瞬間。四人が一斉に膝をつき、主に向けて頭を垂れる。


「我ら特等衛士四名、主命に応じ参上いたしました」


 先頭の一成が朗々と謳い上げ、三人は敬礼を持ってこれに続く。


「我らが主よ。どうか、ご下命を」

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