5.天照
「しっかし、珍しいよな。俺たち四人揃っての任務とか、いつぶりだっけ?」
白光宮の中枢——拝神殿へと通じる道を、四人の特等衛士たちが歩いていた。
「えーと確か……葛山の大百足退治のとき以来、かな?」
「それは三か月前だ。皐月の半ばに久良野で妖の軍勢と戦っただろう。そちらのほうが後、つまり一月半ぶりだ」
「荒事以外だと、夏至の式典に出たときが最後かな。一月前だね」
「そんなんあったっけか? 覚えがねえな」
「当たり前だろう。おまえは式典中ずっと寝ていたからな」
「ああ、そりゃ覚えてねえわ。ははっ」
「こいつ……っ!」
悪びれることもない篝に、青筋を浮かべる國光。その間では寅丸があわあわしていて、前を先導する一成は愉快そうに笑っていた。
四人のいつもの光景。しかし、わずかに張り詰めた空気があった。
「でも……なにがあったんでしょうか、僕たちが集められるなんて」
「さあな。だが、相応の事態なのは間違いないだろう」
「まあ、大したことない要件だったら、俺は何のために起こされたんだって話だしな」
不安そうな寅丸。両脇を歩く二人も、気負う様子こそないが、油断しているわけでもない。
「まあ何にせよ……神様に直接訊けば、わかることだよ」
そして、先頭を歩く一成が、神殿の扉に手をかけた。
拝神殿——それは、まさしく白光宮の中枢であり、
この扉の向こうに、「神様」がいるのだ。
重厚な両開きの扉が、ぎぎぎと音を立てながら開いていく。隙間から光が零れ、やがて眩いほどの光とともに、完全に扉が開いて——
「————うむっ! ようやく集まったようだな、我が愛し子たちよ! 妾、少し待ちくたびれてしまったぞ!」
童女のような、威勢の良い声がした。
というか、童女そのものだった。
神殿中央に設けられた祭壇上に、御簾に囲まれた座敷がある。そのど真ん中に仁王立ちしている、小さな影があった。
身長は五尺もないだろう。色とりどりの単を何重にも重ねた豪華絢爛な装束は目を見張るほどに美しく、でもあまりに本人が小さいものだから、どこか衣装に埋もれているような印象すら受けてしまう。
黒々とした髪は踝まで伸び、それでいて痛んだ様子は微塵もない。本人(?)というより、お世話係たちの多大な労力が伺えた。
雛人形のお雛様が大きくなったような、麗しの童女。
しかし少女には、明らかに「人」とは違うものがあった。
勝気な笑みを浮かべる顔には、紅の文様が浮かんでいた。國光が自分に彫り込んだ刺青にも似ている。それもそのはずで、元々は土御門家が「彼女」の力を模倣するために作り上げた術式だからだ。
そして、何より目を引くのは、「彼女」の瞳だった。ほんのり赤みがかった瞳には、金色の「輪」が浮いていた。
黄金の粒子が瞳の中で踊り、虹彩をなぞるように光が輪となって一つの文様を描いている。
地上に降りた神々は、人の形をとることが多い。故に、一見して神と人は見分けがつかないことがある。
そういうときは、目を見るのだ。そうすれば一目でわかる。
瞳に「輪」を持つ者——それが森羅万象の主、《神》である。
「しかし、妾の心はこの空のように寛大である! 故に許す! そして、さあ! 近くに寄って讃えるがいい!」
名前を持たぬ八百万の神々は、やがて信仰を集めることで形と名前を得る。そうして一つの神格を確立した神たちは、雲海の上に社を築き、その強大な力で地上の人々を治めていた。
そして、天上の神々のなかにあってなお、「最強」を謳われる神がいる。
天に輝ける日輪の君。もっとも貴き光の化身。あまねく地上を照らすお天道様。
「この妾の——《天照》の御名をな!」
最強無敵のちびっこ女神は、高らかにそう宣言した。
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