第50話 これって、修羅場ですか?④





 今の状況は健一には何処に転んでも地獄にしか見えないように思えた。


 俺の目の前で照れながらお弁当を手渡ししてくる可愛い後輩。左真横から真顔でハイライトを消した目を向けてくる悪魔の様な後輩未央。何故かファイティングポーズを取るレイナ。真っ赤に染めている顔を両手で覆いながらも手と手の間からこちらを見てくるムッツリさん風香。そして、何よりも────窮地に立たされている俺。


 ただ、そんな最悪な状況の最中健一はある事を思い出す。


 それが────


(────あぁ、思い出した。全部、思い出したわ………鈴との約束もレイナさんとのディナーの件も。それに────)


 健一はみんなにバレない様になんとか教卓の上にある時計を確認する。そこには12時10分と針が知らせている。お昼が始まってからまだ、10分程しか経っていない事がわかる。


(────いや、体感時間では1時間は経っている感じはしたが、今はありがたい。がこちらに来るまでに時間はまだあるはず、多分。アイツが来てこの状況を見られればもっとカオスな状況になる事は目に見えている。あぁ、だが、そんなことは今はいい。まずは今の現状を打開することだな────最大の危険人物であり、扱いやすい鈴の対処が先だな)


 本日、月曜日は愛梨とお昼を取ると約束をしていた日だ。その事も思い出した健一はバレない程度に冷や汗を流す。


 そんな健一は内心で今の打開策を考える。その時間、たったの────2秒。


 その間も健一は周りのみんなに不自然に思われない様に鈴が差し出す凶器お弁当を笑顔を浮かべながら両手で受け取る。

 決して自分が"約束を全て忘れていた"ことなど少しも悟らせてはいけない。なので、全身全霊を持ってして完璧に振る舞う。



 

「────あぁ!前のデートという名のね、!!いや〜そうだなぁ。あの時は俺の好きな食べ物も教えたっけ!」


 なぜか、「遊び」という単語をわざと大きな声で強調して叫ぶ健一。

 その事に鈴以外は少し訝しげな視線を健一に向けるが、今はそんなものを気にしている暇などない。


 目の前の鈴は健一とのランチで浮かれているのかどこか夢見心地だ。そんな鈴に悪いとは思いながらも健一は利用をしようとした。


「────健一さんと鈴がナニかをしていたのはわかりませんが、まぁ、鈴が口にした"デート"という単語は「遊び」の間違いだとしましょう。でも………「」とは?」 


 健一が鈴からの凶器お弁当を貰っている際も健一の左真横に亡霊の様に立っている未央がそんなことを聴いてくる。


 ただ、今の健一を甘く見てはいけない。そんな未央からの質問の対応は既に予想済みだ。


「あぁ、夫ね。夫か、完全に鈴の言い間違いだな、うん」

「────へぇー、鈴の言い間違い、ですか?それで?何と?何を?────何が?」


 先程まで真横にいたはずの未央だったが、健一が「鈴の言い間違い」と話した瞬間、一瞬のうちに健一の目前まで来るとそんな少しホラー風味に捲し立ててくる。その間、風香とレイナは静観している。


 それでも健一は太々しい態度をやめない。


「まぁ未央ちゃん、少し落ち着け。これは本当に鈴の言い間違いなんだよ。実は俺達が遊びに行った場所は水族館でさ。そこで見た動物が────"オットセイ"だったんだよ。だからそのオットセイのと「」を間違えたんだな、うん。そうに違いない。────だよな、鈴?」


 健一の内心を知っていたら「嘘つくな!」と言いたいかもしれないが、今のメンバーの中では鈴とレイナしか真実を知らない。レイナは主人である鈴が答えるまで自身から何かを言うわけがないとタカを括っているため安心していた。


 じゃあその鈴はどうなのかというと────



「────健一と、お昼、お弁当、お昼、お弁当、夫」


 そんなことを永遠と顔を紅潮させながらブツブツと呟いている。健一に笑顔でお弁当を受け取ってもらったからかさっきよりも鈴は少しおかしくなっていた。


 ただ、健一からすると────計画通り。


 そんなことを大声で叫び満面な笑みを浮かべたいほどだった。


「────鈴。今の健一さんのお話は本当なの?」

「────夫、お弁当、お昼、健一に受け取って貰った。へへっ」


 親友である未央の話など全く聴いていない鈴。何を考えているのか終始、笑みを絶やさない。未央はそんな鈴の肩を揺すったりして反応があるか試していたが、それも意味をなさなかった。


 その状況を見ていた健一は────


(────ふ、ふはははっ!どうだ!コレこそが俺の計画通り!未央ちゃんも諦めるしかないだろう!レイナさんは主人を前にして自身から出しゃばらないはずだ。後は今の状況から俺が逃げて、愛梨にラ○ンを入れて違う場所でお昼を食べれば完璧だな────)


 内心で高笑いを上げる健一は自身の勝利(何の)を確信する。


 ただ、健一は忘れていた。扱いやすい相手、それは即ち────

 

「────健一!!また、今度水族館行こう!また私達のに会いに行く!と会いたい!!」


 ────扱いづらい相手だということを。


 鈴は何の予兆もなくそんなことをいきなり、突拍子もなく健一に聞いてくる。


「あぁ、また行きたいな!そうだな、俺達の息子な。健太郎は元気にしている────『息子!?それに、健太郎!!??!?』────え?」


 勝利を確信し、緩み切っていた健一は突然の鈴への返答を何も考えずに反射的に応えてしまう。ただ、未央と風香は過剰に反応する。レイナはそのことを知っているからか普段通りだ。


 健一は未央と風香に言葉を遮られ、詰め寄られたことで漸く自分の過ちに気付く。ただ、気付くのが遅すぎた。


「────ですか。そうですか。さて、それは何の、オハナシデ?」


 ハイライト無、復活!


「────健一君、その話は私も感化できないわ。その、あの、が、学生のうちにそんな、はしたないことをして良いと思っているのかしら!?」


 変なことを考えてしまったのか顔を真っ赤にする、ムッツリ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!?鈴!これも言い間違いだよな!?」

「ん?何を言う、健一。健太郎は私達の息子。育児放棄はいけない。それよりも早くお弁当、食べよ?」

「マイペースうぅ!!?君、よくこの状況でそんなにマイペースでいけるねぇ!!?」


 流石の健一も余裕が剥がれ、鈴にツッコミを炸裂させる。


 未央と風香は後回しだ。今はこのマイペースお姫様を止めるのが先決だと思ったからだ。


 ただ、鈴は止まらない。


「────はっ!健一は私に食べさせて欲しいから待っていた?むぅ、健一は"間接キス"が好きなよう」

「いや、何の話────「お嬢様、そのという話を、詳しく!」────待って!」

 

 健一には何か嫌な予感がした。だから変なことを言い出す鈴を止めようとしたが、レイナに邪魔をされる。


 鈴の口にした"間接キス"という言葉に過剰反応をする静観を務めていたレイナ。何故か"間接技"と間違えているが。


 そんなレイナに鈴は答える。健一の話は無視をして。


「ん。以前、レイナがいないお昼に健一と空き教室で────「待とう!その話しは危ない!だからひゃぁぃっ!?」────「黙りなさい。お嬢様、続きを」────ん」


 鈴の言葉を遮ろうとした健一だったが逆にレイナに顔面を鷲掴みされてしまい断念。そんなレイナは主人である鈴に続きを託す。


「────健一がぼっち飯をしていたから私が代わりにお昼を一緒にしてあげた。その時に健一ののから揚げを貰った。同じ箸を使ったから────間接キス。………ふへっ」

「────そうですか」


 レイナは普段通りに相槌を打つ。


 鈴は話し終わると以前の光景を思い出してしまったのか頰を両手で押さえると悶えていた。ただ、健一は逆の意味で悶えていた。いや、もがいていた。


(────顔面!顔面、潰れる!!?ちょっ!コレ、未央ちゃんのやつと違って洒落にならないレベルぅぅぅ!!?)


 レイナは普段通りに鈴の対応をしていたが、健一への顔面への圧は猛スピードで上げていく。


 ただ、そのまま握り潰される物だと思っていた健一だったが何故か一瞬にしてレイナからの顔面への拘束が緩み、健一は逃れられた。


「────かはっ!ひゅー、ひゅー」


 圧迫されて呼吸が困難になっていた健一はその場で蹲ると空気を求める様に執拗に深呼吸をする。

 ただ、まだそれでレイナの制裁は終わりではない。それはそうだ、自分のいない間に主人の貞操が危険に晒されていたのだから。


 あとは、まぁ、単純に健一が………


 まぁ、今はそんなことはいいだろう。


 今もまだ、新鮮な空気を求めている健一の背後に回ると話しかける。


「────三丈様。お嬢様から聞いた話だと、この頃、を掛けられるのがお好きだと聞きました。このレイナ、少し格闘技を齧っていますので私めがお掛けしましょう!何、心配はいりません!師範にも許可は貰っていますので!!」

「────こほっ!………え?」


 呼吸を吸うのに集中していた健一はレイナが何を話しかけてきたのか分からない。


 なので、聞き返したが────


「では────えい!」


 健一の意見など関係なく、そんな少し可愛らしい声をレイナが上げると────健一の腰を両手で抑え、えび反りをする。無抵抗でされるがままの健一。


 レイナが健一に今、掛けた技それは正しく────関節技のジャーマン・スープレックスだった。


 訳もわからずそんな技を掛けられた健一は頭が地面に付くとともに────


「────うゲッェェェェェッ!?!!?」


 カエルが車に轢かれた時の様な悍しい鳴き声を上げる。


 

 

 

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鈍感主人公の育て方 本人だけは自分が鈍感だとは気付いていない件について 加糖のぶ @1219Dwe9

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