私たちの世界
たぴ岡
私たちの世界
──ねえ、このままふたりで、いつまでも、いっしょにいようね。
ふたりのお気に入りの曲が流れるオルゴールを回す手は止めずに、彼女の顔を見た。嬉しそうで楽しそうで、このまま時間が止まって、子どものままふたりはずっと一緒にいるのだろう、なんてぼんやりと感じていた。
──あたりまえだよ。ぜったい、はなれたりなんかしないよ。
家の外で集めた汚いダンボールの中、それが私たちの世界だった。それを部屋のクローゼットに詰めこんで壁にしたり、真四角に切り取って窓にしたり。狭くて暗くて息苦しい場所だったけれど、そこにいれば私たちはいつも笑顔でいられた。幸せになれた。このクローゼットは、魔法の世界への入口だった。
「ごめん……また、見つかっちゃったみたい」
あの頃とは違ってセーラー服に身を包んでいる私たちは、それでもクローゼットの中、あの狭い世界が心の支えだった。中学校で浮いてしまっている私と、別の私立中学に行って友だち作りに失敗した彼女。だから今でもこうして、あの世界に閉じこもることがあった。
それなのに理解してくれない母は、それを見つけては撤去する。こんなガラクタはいらないでしょ、こんなことをするくらいならちゃんと勉強しなさい、また成績下がってるじゃない、遊んでる暇なんてあるの。並べられた言葉は私の肺に積もって、息ができなくなる。苦しくてたまらなくて、気付いたらこの世界に帰ってきてしまう。
「いいよ、大丈夫。また作り直そう」
君はそう言うと、にこりと笑った。それは、心底楽しそうな笑み、ではなかった。
制服のジャケットを脱ぎ捨てて、クローゼットを開く。まだ、この部屋のクローゼットにはダンボールが置いてある。もう、ただのダンボールにしか見えない。私にとっては。
それでも彼女は何も変わらない。どうして、わからないのかな。そのせいで、反対に、私だけが取り残されているのに。
クローゼットを開いて、ダンボールを踏みつける。全部全部、壊してしまえればいい。いらないものは、全部。
バタバタと階段をのぼる足音が聞こえて、彼女が部屋に入ってくる。この惨状を見て彼女は、また顔を青白くする。
「ごめんね、また」
私は平気な顔で嘘を吐く。私が壊したのに、外側に罪を擦り付ける。
「ううん、仕方ないから」
彼女はクローゼットの目の前にしゃがみこんだ。声も肩も、震えていた。ダンボールを手に取って、ガムテープを十センチほど切り取って。あぁ、また作り直すつもりなんだ──。
不意に、彼女は溶け始めた。どろどろして、汚くて。まるで泥のよう。氷が溶けて水になっていくのとは違う、スライムみたいなそんな形状に変わっていく。
開けたままの窓から風が入ってくる。ひらりと揺れたカーテンから日差しが差し込む。照らされた彼女の残骸は蒸発して消えた。
何も、感じなかった。どうしてかはわからない。何も理解できなかったから、かもしれない。ただ、見つめたその先の太陽は、誰かの瞳のようだった。
私たちの世界 たぴ岡 @milk_tea_oka
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