異世界でもお蕎麦が食べたい!となったらどうするべきか

瘴気領域@漫画化決定!

異世界でもお蕎麦が食べたい!となったらどうするべきか

 ほう、異世界でも蕎麦が食べたいとな?

 現代日本人らしく、なかなか贅沢な趣向ではないか。

 私も同じようなことを考えたことがあるぞ。


 異世界での食生活を考えるのはファンタジー書きにとってなかなか難しい問題だと私は考えている。

 異世界へ行った主人公が「お米が食べたい!」「カレーが食べたい!」「ラーメンが……」などと奮闘し、それが物語の軸になっている作品も少なくない。


 そんな中、ふと気になったのが蕎麦である。

 それも細長く整形された「切り蕎麦」だ。

 これは現実でも意外に歴史が浅く、江戸時代になるまで普及しなかったと言われてる。


 そんなお蕎麦をどうしたら異世界でも再現できるか考えていってみよう。


【注意事項】

・食文化史は調べはじめると沼なので、筆者の頭の中にある知識だけで書いています。いわゆる書き飛ばしなので間違いや異論があれば感想などでお気軽にご指摘ください


■課題1.蕎麦本体


 これは多くの読者が想像するよりも簡単なのではないかと思う。


 蕎麦といえば日本独特の食べ物と勘違いされがちであるが、蕎麦の最大消費国は実はロシアである。

 彼の国では、蕎麦を粥にして朝食に供するのが一般的であり、いわゆるお袋の味的なポジションになるという。


 また、フランスなど西欧でもガレットなるおしゃれ料理が存在する。

 これは蕎麦粉(他の原材料であることもあるが)をクレープ状に焼き、具材を入れた食べ物である。

 おしゃれだし美味しいので、小洒落たカフェのメニューとして採用されることが近年増えているように思う。


 そんなわけで蕎麦、あるいは蕎麦に似た作物を得るのは困難ではないだろう。

 それでも「なんで異世界にそんな都合がよいものがあるのだ!」という考えもあるだろうが、進化生物学には「収斂進化」という考え方がある。


 まったく系統が異なる生物であっても、似たような環境で似たような淘汰圧にさらされれば似たような性質を持つ生物が誕生するだろうという理論だ。

 例を挙げるなら、イルカとサカナの流線型はそっくりだけれども、哺乳類と魚類で進化系統上は大きく離れている。


 その異世界の気候、重力、その他諸々の環境が地球と似ているのであれば、蕎麦に似た植物が広範に自生している可能性は低くないものと考えられる。


 あとはそれを粉にして打つだけだ。

 そば打ちは難しいが、十割だの八割だのにこだわらずつなぎを入れればそこまで困難なものではない。


 一流店の味わいを目指すのなら話は別だが、異世界で現代日本と同等の品質のものを食べようという考えがそもそもあさましいのである。


■課題2.つゆ(だし)


 ……これがねえ、きっつい。まじきっつい。

 東京の下町で食えるような、あるいは立ち食い蕎麦で食えるようなものを考えると本当に難易度が高い。


 まあ、ふわっとこんなことを言っても仕方がないので問題を分割・整理しよう。

 そばつゆづくりがはらむ大きな課題は、大きく2つある。

 それは「醤油」と「鰹節」だ。


 そばつゆは醤油をベースとした「かえし」を、鰹節ベースのスープで割ったものが基本なのだが、主役級であるこのふたつを異世界で作るのは本当に難しい。


○課題2-1.醤油


 醤油ってさ……素人に作れるもんなの?

 私が理解する範囲で製法を解説すれば、大豆を塩漬けにして発酵させ、それを搾り取った汁が醤油なのだが……詳細がわからん。


 仮にWikipediaを丸暗記しているようなタイプの現代知識チート主人公でも簡単に作れるものではないと思う。

 つうか、醤油蔵で働いている職人さんでも異世界転移したら醤油づくりは諦めるのではないだろうか?


 というわけで代替案である。


 まずひとつめは「魚醤」である。

 日本においては東北のしょっつる、東南アジアではニョクマム、古代ローマではガルムとして知られる調味料である。


 作り方は簡単。適当な魚を塩でまぶして漬けるだけ。

 これだけで「魚醤」、すなわち「魚の醤油」が出来上がるのだ。

 イカの塩辛と作り方は変わらず、楽ちんぽんである。


 ちなみにピザなどでおなじみのアンチョビも魚醤の一種と分類することがある。

 イワシを塩漬けにして数ヶ月冷蔵庫に入れておくだけでできるらしいので一度はチャレンジしてみたいのだが、そんな長いこと冷蔵庫のスペースを占拠されるのは辛いのでやってみたことはない。


 ただ問題は、魚醤には独特の臭みが存在することだ。

 魚醤をベースにそばつゆを作ったら、謎の東南アジアテイストのつゆになることは想像にかたくない。


 というわけで次の案。

「みそたまり」あるいは「たまり醤油」と言われるものである。


 これは味噌を作る際に副産物として誕生する調味料だ。

 味噌の上澄みにたまる液のことである。

 味噌はひと昔前なら各ご家庭でも自作していたらしいので、こちらならば何度かトライ&エラーを繰り返せば作れるのではないだろうか?


○課題2-2.鰹節


 これは無理です。(きっぱり)

 鰹を下茹でして、身をかいて、干して、かびづけして何ヶ月も寝かして……。

 とても一代で完成形までこぎつけられる気がしない。


 そんなわけで鰹節とは異なる出汁を考えてみよう。

 多くの異世界ファンタジーでは肉が盛んに食されているので、真っ先に思いつくのは豚や鶏からとった出汁だ。


 たまり醤油をこのスープで割って……うん、美味そう。

 がっつりと食べごたえのあるつけそばになりそうである。

 最近増えているニューウェイブ系の蕎麦屋に近い味は出せそうだ。


 ……って、そうじゃないそうじゃない。

 本稿の目指すところはあくまで伝統派ストロングスタイルのお蕎麦である。もりそばなのである。なんならざるそばなのである。

 海苔づくりまで話が発展すると手がつけられないボリュームになりそうだから割愛するけれど。


 ここはあくまでも魚介系スープにこだわりたいのだ。

 鰹出汁が難しいのなら、何にするか。

 真っ先に思いつくのは煮干しである。


 煮干しの原材料にも色々あるが、簡単に言ってしまえば小魚である。

 小魚を大量に取れる漁網さえ発明されていれば、煮干しの製造はそんなに難しいものではないだろう。


 なにせ、煮て干すだけだ。

 試行過程で腐らせてしまったりなんだりといった問題は生じると思われるが、生ハムやら一夜干しやらを作ることを異様に好む筆者の考えでは、数回でコツはつかめるのではないかなと思う。


■お蕎麦、完成


 なんやかんやあって、異世界でお蕎麦ができた。

 異世界の蕎麦の実は地球のものより香りも粘りも強く、荒々しい印象を受けるがこれはこれでオツなものに仕上がったと思う。

 例えるなら、バフをかけまくった田舎蕎麦というか。

 麺の太さが均一でないのは勘弁してくれ。

 私も本職の蕎麦屋というわけではない。


 次におつゆだ。関西ではおだしと言うらしいが。

 濃厚なみそたまりで作ったかえしを煮干しで取ったスープで割り……あ、植物性の出汁も加えてあるぞ。


 腐れ森で狩った茸人間マタンゴを干したものと、底無し湾で漁れた半魚人サハギンの頭髪を干したものを煮て味を出している。


 さあ、さっそく試食をして感想を聞かせてくれ。

 なに、食欲がわかないだと? なぜなんだ?


 これだけ苦労をして作ったのだ、せめて一口でも味わってもらわねば、帰すわけにはいかないな……。


(了)

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