仮想空間

田崎 伊流

仮想空間

朝の心地良い日差しが貴女を照らす。それに合わせる様に小鳥が鳴き、風が葉をくすぐり吹く。貴女はただ椅子に座りゆっくりそれらに包まれる。


本当にステキね。


ため息を吐く様に呟き、白い丸型のテーブルに置かれたティーポットに手を伸ばして――自分を嘲笑する。


忘れていたわ。これは偽りの世界なのに。


伸ばした手は空を切りあの時と同じく、虚しくブランと垂れ下がる。


見捨てられた私。仕事は上手くいかず将来も不安定だった私を簡単に捨てた貴方。


フラッシュバックした光景が目を覆い思わず左手に力が入る。メキッと悲鳴を上げたのは座っている筈のベランダチェアではなく、現実世界の下らないプラスチックチェアだった。そう思うと座り心地もいやに悪く感じられ、現実世界の実に汚い自室が脳裏をチラつき、さっきまでの仮想空間が急にバカバカしく思えてきた。


幾ら現実から逃げたって、執拗に追いかけ息の根を止めるのね。


憤怒を通り越し最後に残ったのは虚無。もはや立つことさえ出来ない貴女は最後に何かを思い、頭に取り付けられた装置を一思いに抜き取った。脳まで届く管が宙を舞い、続けて血液が溢れ出す。痛みに歪むか、解き放たれ微笑むか、どちらかに思えた貴女の顔はただ一点を見据え、薄暗い自室で冷たくなっていた。








「はい、以上になりまーす! お疲れ様でしたっ!」

人を苛つかせない、絶妙にフランクな接客ロボが〔仮想体験:哀しみの女〕の終わりを告げる。

男はゆっくりと目を開き、軽く身体を伸ばし接客ロボに身を任せる。「如何でしたか?」接客ロボは男の頭に張り巡らされた管を器用に取り除きながら作品の出来映えを聞いてきた。

「少しチープだが悪くは無いな。今の世の中は裕福過ぎて困る。たまには、惨めな気分も味わいたいじゃないか」

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仮想空間 田崎 伊流 @kako12

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