第19話 ドキドキ・アイスティー

「ありがとうございました♪」


 下着屋での買い物を終えて外に出ると、


 ぐぅぅぅ……。


 お腹の方から可愛らしい音が鳴った。


 さっきから腹の音が鳴ってしょうがない。


 そういえば、もうお昼時かぁ〜。腹減ったな~……。


 ……音、バレてなければいいのだけれど。


「可愛い音ですねっ」

「…………っ」


 バ、バレてたぁぁぁあああーっ!!!


 プシュゥゥゥー……。


 自分でもわかるくらい、顔が熱い。あぁ〜恥ずかしい……。


「……な、なにか食べませんか? もうお腹がペコペコで……」

「そうですね、確か下の階にフードコートがあったはずなので、そこに行ってみましょう」

「はぁ~いっ」

「ふふっ」

「あはは……っ」


 次の目的地が決まったとなれば、早速移動開始だ。


 ……。


 …………。


 ………………。


 そんなこんなでフードコートへとやってきた。


 時間も時間なだけに、人混みと行列でごった返している。


 俺たちは、なんとか空いている席を見つけて、お互いに交代で昼食を買いに行った。


 そして、目の前には、各々が買った料理が並んだ。


 俺は、たこ焼きと焼きそばのセット。天霧さんは、ボロネーゼとチーズのホットドッグ、コールスローサラダ、アイスティー。


 どっちもとても美味しそうだ。


「「いただきます」」


 俺は早速、湯気が立っているたこ焼きを箸で持ち上げた。


 フゥーフゥー。


 熱そうだが、こういうのは一口で食べるからこそ…――


「――熱っ!?」

「大丈夫ですか!?」

「だっ、大丈夫でひゅ……っ」


 熱い、熱すぎるっ!!!


 フゥーフゥーするだけじゃダメだったか。


「天道さん、これをっ!」


 ゴクッ……ゴクッ……。


 熱さに和らげるために、紙コップの中の水を一気に流し込む。


「ゴクッ……ふぅ~……」


 死にはしないけど、死ぬところだったー。


「あっ、ありがとうございます……っ。助かりました……」


 ……そういえば、これ甘かったような……。水じゃないのか?


 テーブルに置いた紙コップに目を落す。


「それはよかったです。出来立てですからねー」


 と言ってその紙コップを手に取ると、天霧さんは中に入っている少し量が減った甘い水? をストローで飲んだ。


 ……あれ? あれれ?


 天霧さんから受け取った紙コップを天霧さんが手に取って……あ。


 ……あれって、もしかして…――


「すっ、すみませんっ!!! わたし、気が付かなくて……」

「え、なにがですか?」

「だっ……だから……それは、かっ……間接……」

「?」


 間接キスなんて言える訳がないっ!


「新しいの買ってきますっ!!」

「別にこのままで構いませんよ?」


 天霧さんは、席から立とうとする俺を止めた。


「で、でも…………わかりました……」


 渋々、席に座り直した。


 次は火傷しないように気を付けないと……。


「フゥーフゥー」


 次は念入りに熱を冷ましてから、俺がたこ焼きを食べようとすると、


 じーーーーーっ。


「……な、なんですか?」

「あの……一つ貰ってもいいですか?」

「え? あっ……どうぞ」


 たこ焼きの乗った船皿を天霧さんの前に置いたが、たこ焼きを取ろうとしない。


 あ、そっか。箸がないのか。


 俺のでもいいのかな?


「あの、天霧さ…――」

「食べさせてくださいっ」




 ――――――――――――――――――――――――。




 …――ハァッ。


 今、一瞬、時が止まってなかったか? いや、そんなことは正直どうでもいい。


 天霧さんが、あの天霧さんが、俺に「食べさせてくださいっ」だと?


 すると、彼女は目を閉じてその蕾のような小さな口を開けた。


 まさか、『はい、あーん』をする日が来るとは……。


 ……ゴクリ。


 口の中が火傷しないように軽く「フゥー、フゥー」と冷ましてから、口元へと運んだ。


「あ、あーん……」

「あーん」


 ぱくっ。


「んっ、美味しいですね♪」

「…………っ」


 満面の笑みでモグモグ食べている天霧さん。


 ……神様。


『ん?』


 俺、幸せ過ぎて、死んじゃいそう~……。


『報告してくるほど嬉しかったんだね』


 えへへっ……。


 それから、俺が次のたこ焼きを食べていると、


「あっ、ふふっ」

「? どうしたんですか?」

「口元に、たこ焼きのソースが付いてますよっ」


 天霧さんは徐に紙ナプキンで俺の口元を拭った。


「っ!!?」


 ナプキン越しの指が唇に当たって…――


 不意の接触にあたふたしていると、天霧さんが思いがけないことを言った。


「天道さんが慌てているところを見るの、私『好き』なんですよねっ」

「え」


 ……神様、俺やっぱり今日死んじゃうかも。


『勝手に死なないでくれるかな〜。ハナちゃんは主人公なんだよ〜?』

 

 わかってるよ、それくらい……えへへっ。


『ダメだこりゃ』


 ヴゥゥゥーッ。ヴゥゥゥーッ。


「……あ。天霧さん、電話鳴ってますよ?」

「え? ほんとですね。ちょっと出てきます」


 と言って、スマホを持って外に向かう天霧さんの背中を見つめながら、たこ焼きをパクっと口に入れた。


「熱っ!?」




 俺たちはショッピングモールを出て駅へと向かっていた。


 まだ昼過ぎなのにどうしてなのかと言うと、


「天道さん、ごめんなさい。急に雑誌の撮影が入っちゃって……」


 今日は完全なオフだと思っていたはずが、実は予定が入っていたらしい。


 それも、撮影開始まであまり時間がないということで、早歩きになっていた。


「明日だと思っていたんですけど、私の見間違いだったみたいで……」


 天霧さんは申し訳そうにしょんぼりとした表情を浮かべていたので、慌ててフォローした。


「いえいえ、わたしは大丈夫ですからっ。お仕事ならしょうがないですよ」

「天道さん……この埋め合わせは今度必ず」

「はいっ」


 そんなこんなで駅までやってくると、改札を通って中へと入った。


 天霧さんが乗る電車が反対方向ということで、ここで別れることになった。


「では、また学校で会いましょう」

「お仕事頑張ってきてくださいっ」


 手を振る天霧さんの姿が見えなくなってから、ホッと息を吐いた。


 今から行けばギリギリ間に合うだろう。


 そんなことを考えながら、ホームへと繋がる階段を下りていく。


『今日は楽しかった〜?』


(色々あったけど。もちろん、楽しかったっ!)


『ふふっ、それはよかった。おっ、そろそろ電車が来そうだね』


(みたいだな。じゃ、俺たちも行くとするか)


『そうだねっ』




 ――――――――――――フフッ。




「……ッ!?」


 視線を感じて俺は慌てて振り返った。


『? どうしたの?』

「いや……今、誰かにじっと見られていた気がして……」


 と呟く俺の視界には、誰の姿もなかった。


「神様、なにか見なかったか?」

『別に見てないけど、気のせいじゃないの?』

「気のせい……そうかな……?」


 階段を下りてホームに来ると、丁度、電車が入ってきたのだった。

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