第18話 ランジェリーショップです

 それから色々な店を回ってやって来たのは、


「こっ、ここは……」

「ランジェリーショップです」

「…………うん? もう一度聞きますね、ここはなんのお店ですか?」

「ランジェリーショップです」

「……あの――」

「――ランジェリーショップです」


 こっ、これは、ランジェリーショップの無限ループコンボ、なのか!? なにを聞いても同じ答えが返ってくるぞ!?


 とまぁ、今の会話からでもわかる通り、俺の目の前には……禁断の領域と言っていい、きらびやかな世界が広がっていた。


『ドキドキするでしょー?』


 言われなくても、十分ドキドキしてるよ……。


『あれれ~? 顔が真っ赤に――』

「で、でも、どうしてここに?」

「えっと……それはですね……」

「はっ、はい……」

「なんと言いますか……成長著しいと言いますか……」

「? あぁ……」


 俺の目は、自然と『そこ』に向けられた。


「周りの視線をどうしても感じてしまって……」

「へ、へぇー」


 …………………………………………。


 突然訪れた沈黙の時間。


 俺って奴は……彼女に恥ずかしい思いをさせやがって……ッ!!


『あらあらっ、お顔が真っ赤――』


 言うなっ!


「本人が気にしてるだろっ!」

「え」


 注意することに意識を向けてしまい、つい声が漏れてしまった。


「だ、だから、人それぞれ個性があるから、別に気にしなくてもいいんじゃないかなー、なんて……。あ、あははは……」


 早口で言葉を並べていったが、さすがに不自然だったか。


「そう……ですよねっ。これも、私の個性の一つですもんね」

「天霧さん?」

「ありがとうございます、天道さん。さぁ行きましょう♪」

「は、はい。……?」


 よくはわからないが、結果オーライってことでいいのかな。


(……あ)


 会話ですっかり忘れていたけど、これからあそこに入るんだった。


 ……ドキッ、ドキッ。


 近付くたびに罪悪感からなのか、ぎこちない歩き方になってしまう。


 俺……いや、わたしは女の子だ。入っても問題はない……入っても問題はない……よしっ。


 自分に暗示をかけて店に入ると、外と中では明らかに空気が違っているのがわかった。


 棚にキレイに並べられたブラとショーツ。


 そして、当たり前だが店の中にいる人たちは全員女性だった。


 これはハナの姿じゃなかったら気まず過ぎて、すぐに店から飛び出して行ったことだろう。


「すげぇ……」


 店の中には、ストリングがあしらわれたものや、サテン生地のデザインといったセクシーなものから、マーブル柄でフリフリの付いた可愛らしいデザインまであった。


 色だけでなく、模様だけでも多岐に渡る。


 どうしてそんなに下着の種類に詳しいのかは、まぁ内緒ということで。


『検索履歴をチェック、チェック〜♪』


 興味本位で、ねっ? ……それにしても、


「ここから自分に合うものを見つけるって、結構大変そうですね」

「迷うのも、買い物の醍醐味だいごみなんですよ?」

『さすが遥香ちゃん、わかってる〜っ』


(……神様は、買い物とかするのか?)


『もちろんっ。神と言っても全員が全員、万能というわけではないから』


(ふーん)


 神様が一体なにを買うのかは少し気になるが、今はこっちに集中だ。


 ちなみに、隣の天霧さんはというと、手に持った二つのブラを交互に見ていた。


「天道さん、どちらが似合うと思いますか?」

「へっ」


 俺に選ばせますか……?


 一つは、フリルの付いたピンクの下着。もう一つは、ちょっぴり大人な黒のレースの下着。


 可愛い系か、それともセクシー系か。


 どっちでも十分似合うのは間違いない。


「…………」


 こんなにマジマジと女性の下着を見たことはない。


「うーん……」


 想像するだけで…――


『一真くん♡』『一真様♥』


 ……あのさ、勝手に頭の中に入ってくるの止めてくれない?


『えへっ♪』


「天道さん?」


 顔を上げると、天霧さんが顔を覗き込んでいた。


 そのあまりの近さに、一瞬パニックになった俺は、


「えっ、あ……お、俺は…――」

「オレ?」

「あ」


 し、しまった……っ!?


「…………」

「あ、あの、これは……っ」

「……オレっ子」

「へっ?」

「これが俗に言う、オレっ子というものなのですね!?」


 グイッと顔を近づけてきた天霧さんに圧倒される俺。


「えっ? あ、ああぁ……まあ、そうかな……」


 オレっ子なんて初めて聞いたんだが。ボクっ子ならまだ聞いたことはあるけど。


 そういえば、美桜も同じようなことを言っていたな。


 女子の間では一般的なワードなのか?


『ぷぷぷっ』


 誰かが笑っているようだが、無視でいいだろう。


『えぇ~んっ!』


 噓泣きをする神様(仮)も脇に置いといてと。


『(仮)……ッ!? 私は本物――』

「…………オレっ子」


 あ。


 天霧さんは、瞳をキラキラと輝かせながら俺を見つめていた。


「あ、あははは……実は、隠すつもりはなかったんですけど……」

「いつ頃から『オレ』と!?」

「!! そっ、そうだなー……っ」


 あまりの熱い視線に、思わず目を逸らす。


 百合漫画が好きということとは別に、オレっ子に興奮するという新たな一面を知った。嬉しいのやらなんやら。


 ……って、そんなことを考えている場合じゃなかった。

 

 どっちを選ぶ? ピンク? 黒? フリル? レース?


 交互に見ても両方いいからなかなか決められない。


 それを見て、神様は「ふっ」と不敵な笑みを浮かべた。


『遥香ちゃんは…――』

「天道さんっ」

「は、はいっ!!」

「一緒についてきてください」

「へっ?」


 天霧さんは徐に俺の手を取ると、店の奥へと歩き出した。


(? どこに向かってるんだ?)


 そんな疑問は、一瞬にして解けた。


 俺が連れて来られたのは、フィッティングルームだった。


 ……うん? でもなんで?


 すると、空いている個室に一緒に入ると、天霧さんはシャーっとカーテンを閉めた。


 ……なぜ?


 こんな狭い空間に、天霧さんと二人っきり。というか、どうして俺もここに……っ!?


 天霧さんのもう片方の手には、さっき見ていた下着のセットが二つ。


(まっ、まさか……)


 どうやら、その直感は当たっていたようで。


「うんっしょ……っと」


 俺の目の前で、天霧さんは履いていたスカートを下ろした。


「ッ!!?」


 突然のことでびっくりした俺は慌てて顔を逸らそうとしたのだけれど。


(……? ガーターベルトじゃない……? ……あ)


 天霧さんが履いていたのは、白レースの清楚なデザインのショーツだった。花柄なところがなんとも可愛らしい。


 ……って、ガン見したらマズいだろ!?


 こういうときは……羊が一匹……羊が二匹……


 ドキッ……ドキッ……ドキッ……。


(だ、ダメだぁ……!! な、なら、目を瞑れば、大丈夫なはずだ……っ!)


 スル……スル……。


(だっ、大丈夫じゃなかったーっ!?!?!?)


 服を脱いでいるときの衣擦れの音に、胸が高鳴る。


 理性を抑え込むのにも一苦労だ。


 プチンッ…――ファサッ。


 ん? ……チラッ。


(……ッ!!? えっ、えええぇぇぇええええ~~~ッ!!?)


 俺の目は、なにもさえぎるものがない背中と引き締まったウエストを捉えた。


 あっ……あ、あ、天霧さんの……は、裸が……あれ? なっ、なんだ? この横からシュっと入った謎の光……。


 ……神様、この光はなんだ?


『この先はブルーレイディスクを買ってね♪』


 どこで買うんだよ、と言うことはなく。


『期待していたところ悪いけど、想像だけで楽しんでね。この光は、見えてはいけないものを守るためにあるんだから』


 まあ……確かに、向こうはこっちを女の子として接してくれているのだから、それを裏切るようなことはしてはいけない。


「ごめんなさい、天霧さん……」

「え? どうして天道さんが謝るのですか?」


 俺が謝罪の言葉を伝えると、天霧さんがこちらに振り返った。だが、それがマズかった。


 !?!?!?!?!?!? …………グフッ。


 あっ、危ねぇ……危うく鼻血を出してしまうところだった。


 この光で見えないけど、俺の目の前に天霧さんの……む、胸が……。


「男の前で……そんな……」


 天霧さん、無防備すぎですっ!!


「? 天道さん?」

「えっ? あ、ああぁー……えーっと……な、なんでもないです……っ!」

「今、『男』と聞こえましたけど?」

「聞き間違いですよっ! うんうんっ」

「そうですか? では、なんと言ったのですか?」

「えっ!? そ、それは……」


 じーーーーーっ。


 そんな、誤魔化しが効かない透き通った瞳で見つめられると……。


「…………っ」


 ……ちょっとだけ視点を下げると、光に覆われた豊かな胸。


 色んな意味でこの状況はマズい……。


「天霧さん……その……風邪引いちゃいますよ……?」


 と言われて天霧さんは下の方を見た。ショーツと靴下だけの自分の格好に気づいて、その頬が一瞬にして赤く染まった。


「…………っ!!」


 そして、両腕を交差して恥ずかしそうに胸を覆い隠した。


 同性とはいえ、恥ずかしかったようだ。


「あはは……それもそうですね……」


 彼女にしては珍しくたどたどしい口調だった。


「すっ、すぐ着替えますからっ!」


 と言ってこちらに背中を向けると、前かがみになってブラを胸に当てた。


 ふぅ。あとは、背を向けて待っていれば…――


「天道さん、できれば後ろのホックを留めてもらえると助かります……」


 えぇぇぇえええーっ!?


「……っ。か、かしこまりましたっ!」


 普段使わない言葉をつい使ってしまうほど、完全な不意打ちだった。


 カチャ、チャチャ、カチャチャ…………カチャ。


 ブルブルと震えた手でなんとかホックを留めた。


 ふぅ……。後ろ手じゃないからまだ留めやすい。


 そういえば、初日のときはなかなか後ろ手で留められないし、時間はないしで、ほんと大変だったなぁ。


『あのときの慌て様、とても可愛かったねー♪』


(そりゃあ慌てるに決まってるだろっ。ブラホックなんて留めたことないんだから)


「あっ、留めましたよ」

「ありがとうございます。えっと、どうですか?」


 天霧さんが試着したのは、上下お揃いのフリルがポイントの可愛らしいピンクのデザインだった。


 綺麗な形のバストとヒップを包み込む、ブラとショーツ。


 やっぱり、女神はいたんだ……。


「…………」

「変、ですか?」

「!! 変じゃないですっ、すごく似合ってますっ!!」

「ふふっ。では、これにします」

「え、いいんですか? まだ他にも……」

「私も、天道さんと同じでこれがいいと思っていたので」

「そっ、そうなんですか」

「はいっ♪」


 おぅ……なんて眩しい笑顔なんだ。


 すると、元々着ていた下着に着替え始めたのでまた顔を逸らした。


 後、さっきはできなかったけど、耳を塞ぐとしよう。


 衣擦れの音が耳に入ると、どうしても余計な想像をしてしまうから。


 ……。


 …………。


 ………………。


「天道さん、もういいですよ」


 着替え終えたようなので顔を前に戻すと、なぜか天霧さんがニコッと笑みを浮かべていた。


「?」

「ちょっと待っていてください」


 と言うなり、天霧さんはカーテンを開けて外に出て行ってしまった。


 なんだ?


 それから待っていると、天霧さんが戻って来た。その手に下着一式を持って。

 

 ? ? ?


「せっかく来たのですから、試着してみませんか?」

「……んん?」

「天道さんに似合うと思って選んでみたんですけど」

「は、はい?」


『似合うかな?』

「似合うかな?」


 あっ、ちょっ、なに勝手に人の口を動かしてるんだよ!?


『ぐふふっ』

「……っ!?」


『早速着てみましょう!』

「早速着てみましょう!」


「あ、あの、ええぇ……」

『ハナちゃんは――』


 わかった! わかったから!


 くそ……っ。神様めぇ……卑怯だ。


『~~~っ♪』

「…………っ」


 恥ずかしさを堪えながら服を脱ぐと、こちらの下着姿を見て天霧さんが言った。


「そのブラ、合っていないのではないですか?」

「へっ?」

「あの、すみません」


 カーテンの隙間から顔だけを出して店員の人を呼ぶと、なにやら話を始めた。


「あの……」

「恐らく、下着の付け方が合っていないのかもしれませんね」

「やはりそうでしたか」

「あ、あの……」

「では、最初にアンダーから測っていきますので、腕を上げていてください」

「は、はい……」


 言われるがまま、俺は腕を上げた。


 もう、ここはなにも言わず従った方がいいいだろう。


 店員の人からレクチャーしてもらいながら、改めて下着を付け直した。


「おぉ……」


 全身鏡に映る自分の姿に、自分が見惚れていた。


「よくお似合いですよ」

「そ、そうですか?」

「はい」

「…………っ」


 細かいことはよくわからなかったが、どうやら背中から肉を前に詰めて、それから中央に寄せて上げるらしい。


 そのおかげか、教えてもらう前より綺麗な谷間が出来ていた。


 詰めたこともなければ、寄せて上げたこともないから、知らなかったことばかりだ。


 やっぱり女子は大変だな。


 それからというと、


「天道さん、次はこれを着てみましょう!」


 天霧さんが次々持ってくる下着の試着の連続で、すっかりクタクタになったのだった。

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